JAMJAM日記|ベトナム編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2015/09/27

こんな企画に人は集まるのか?

連日の炎天下の作業でみな疲れてきている。比較的すごしやすいはずのこの時期のハノイだけれど、僕らの滞在中は連日三十数度超えで、かつものすごい湿度で、体力があるはずの石川くんや藤さんもかなりバテている。オレもバテバテ。でも、今日は本番、そんなことは言っていられない。何があっても頑張るのだ。

 

昼過ぎに交流基金集合。学生たちは午前中から作業を開始、着々とワークショップの準備をしている。藤さんは大きな竹を何本も使ってサンダルで叩く楽器を完成させている。めっちゃいい音だ。学生たちも竹の上に金属の食器を乗せた楽器やら、発泡スチロールに弦を張って弓に弾くものやら、竹で作ったスタンドにペットボトルや空き缶を吊るしたものやら、バケツに工夫を加えた打楽器やら、空き缶とゴムと竹を使ってパチンパチン鳴る楽器やら、竹を細工したり台所用品を使った楽器が昨日よりさらに増えていて、見た目にもバラエティ豊かになっている。

見た目にもバラエティ豊かな楽器

今日は14時から、「手作り楽器を作ってオーケストラに参加しませんか」のかけ声に反応した一般参加の人たちが集まってくる予定だ。その前にまずは入り口に受付を設置。ここで受付が終わると、中庭の各所に設置した1~6班のブースに案内することになる。ブースといっても机があるだけだけど、ここに、学生たちが用意したカラフルな素材や、既にできあがってる楽器がたくさんならんでいるので、まるで縁日の屋台のように見える。これだけでも、ちょっとウキウキする。

それにしても、こんな企画に人が集まってくれるだろうか? 有馬さんや基金の河井さんは確信ありげに「大丈夫、たくさん来ますから!」って言ってくれるけど、事情のわからないベトナムでどれだけ人が来るのか、オレは正直不安だった。

ところがである。14時の開場と同時に、最初は一組、二組、そのうち切れ目なくどんどん人がやってくる。子供のいる家族連れも多い。30分もしないうちに、交流基金の中庭は縁日のようなにぎわいだ。ありゃりゃ、すごいぞ、これ。

それぞれの班の屋台、もとい、ブースでは、さっそく楽器製作のワークショップが始まっている。日本の学生もベトナムも学生と協力しながら、身振り手振りでやってきた人たちといっしょにさまざまな楽器を作っている。三浦くんのいるブースからは、ストローと竹で作ったリード楽器の音がさっそく鳴りだしている。反対側のブースからは、鐘の音のような可愛い音が聞こえてくる。いろいろな場所から、小鳥のさえずりのように、あるいはかえるの合唱のように聞こえてくるさまざまな音たち。オーケストラができる前から、すでに音楽会が始まっているかのようだ。そうか、有馬ディレクターが今回考えていた「音楽家なしの音楽」ってのはこれのことか~。
「面白い! 面白いぞ~」

 

誰も全体を構成しようとしてないし、それぞれの場所で、それぞれの理由で(この場合は会場に来た人といっしょに楽器を作るのが目的だ)、音が鳴っているだけだけど、まるでひとつの音楽というか、理想的な即興オーケストラのようにも聴こえる。2008年にYCAMでやった私の展示「アンサンブルズ」展のありかたを、YCAMのディレクター阿部一直さんが「同期なき共存」と評してくれたことがあったけど、まさにそんな感じだ。

子供の頃の縁日もこんなだった。盆踊りの音が神社の方向から聞こえてきて、でもって神社の境内に入ると、ざわざわとした人の声、下駄の音、風鈴の音、物売りの声、見世物小屋から聞こえてくる音楽、そして虫の音、そんな総体が、今考えれば、これこそが立派な音楽体験だったんじゃないかって思えるのだ。

ワークショップ

3月にバリで伊藤俊治先生や石川くんと鼎談した際に、アジアで一般の人たちと音楽を作るには、単に音楽を作るだけではなく、音楽が生まれる場そのものを作るところから始めるべきじゃないかという話が出てきたけど、そのことが頭をよぎる。縁日のようなオーケストラのありかたってできないもんか。そんなことを漠然と考えていたら、まさに、今、この瞬間が、縁日のようなオーケストラになっているではないか。

オーケストラという名前をオレがつけてしまったんで、どうしても西洋的な音楽の概念が出てきてしまいそうだけど、でも「音楽家なしの音楽」ってのは、音楽家が作ってきたオーケストラのアマチュア版を作るってことじゃなく、こうしたものの中に音楽を発見していくことなのかもしれない。

30分、1時間とたつうちに人がどんどん増えてくる。大人も子供も夢中になって、楽器を作っている。音を鳴らしてみる。変な音が出て大笑いしてる。逆に、音が出なくても大笑い。大きな音に、子供が耳を押さえながらはしゃいでいる。なんだか天国のようだ……って、天国になんか行ったことないくせに、そう思ってしまった。オレは、各ブースを、もとい、屋台を行き来しながら、この幸福な時間を充分に楽しませてもらった。
「有馬さん、これ最高だよ~、もうこれで充分ってくらい素敵だよ~」
「いやいや、大友さんの役目は、これからですからね。ここに来てる人たちで集まって、これからアンサンブルをやるんですから」

そうでした、そうでした。ここで安心していちゃいけない。オレの本番はこれからだった。

まるで縁日の屋台のよう(撮影:石川直樹)

まるで縁日の屋台のよう(撮影:石川直樹)

会場には、何人かの日本人の姿も見える。ベトナムに長年滞在し、音楽の普及に努めているベトナム国立交響楽団の音楽顧問兼首席指揮者の本名徹次さんがオーケストラのメンバーを連れて見にきてくださる。ベトナムの音楽界にとってはとてつもなく大きな存在で、かつ福島出身の大先輩でもある。お会いできて光栄。

かと思えば、バンコクに長年住んで、タイのオルタナティブ・ミュージック・シーンを牽引してきた、音楽家にしてエンジニア、CDレーベルもやっている清水宏一さんの姿も。バンド仲間とツアー中、ちょうどハノイに来ていたそうだ。彼ほど東南アジアのミュージシャンから尊敬と敬意をもたれている日本人をわたしは知らない。ほかにも以前京都のコンサートで対バンになった方やら、ハノイに仕事で駐在している日本人家族のかたまで。みんな楽しんでくれてるかな。

 

いよいよ本番!

「中庭中央に楽器を持って集まってくださ~~~い」

17時、マイクを持った現地交流基金のスタッフさんが通訳兼司会をしてくれて、いよいよオーケストラがはじまる。200人近くはいるかな。これだけでもすごい人数だけど、実は会場にはもっとたくさんの人が来ていたのだ。
「いや~、こっちの人は、なかなか言うことを聞いてくれなくて、好きなときに来て、好きなときに帰っちゃうんですよ」

とは、交流基金の吉岡さん。実際、楽器を作り終えた時点で大満足してしまい、特に小さい子のいる親子だと、楽器を持って帰ってしまった人もたくさんいたようだ。でも、楽しんでくれたならいいか。うん、これでいいのだ。

 

まずは、みながどんな楽器を作ったのか確かめるため、なんでもいいから音を出してみる。

 

バン、ぐぎゃ~~~、ぴーーー、シャカシャカ~~~~

 

すいません、なんか擬音で書いても、うまく伝わらないけど、もう、いい感じのガラクタ具合とでも言ったらいいかな。なにしろ一つとてして、いわゆる従来の楽器がない。実は、応募の際に楽器を作るだけじゃなく、楽器を持っている人は持ってきて下さい……とも書いてあったんだけど、楽器を持ってきた人はゼロ。あ、いや、ひとりオーボエを持ってきた人がいたはずなんだけど、みなで集まったときには、楽器をケースにしまって自作の楽器を演奏していたな。

これまで、この種の誰でも参加できるオーケストラを日本でやるときには、半分以上の人が楽器をもってきたりするんで、なんとなく吹奏楽だったり、バンドっぽかったりの音がするもんなんだけど、今回は気持ちいいくらいそうした従来の音楽や楽器の音がしてこない。指揮をしたりして即興でアンサンブルをするときも、従来の楽器の音と、そうではない音との対比や、楽器演奏できる人のスキルと、楽器を演奏したことないような人の出す音の間のダイナミックレンジを利用して音楽を構成していく方法をとることがオレは多いのだけど、今回のように、従来の楽器もなければ、演奏スキルもない人ばかりだと、この方法は通用しにくいなあ。

リハーサル

「さ~~て、どうしようか」

ためしに、その場で集まった人たちの出す音をグループ分けして役割分担を決めて、ごくごく簡単な作曲をしてやってみることにした。こんなことをやるのは初めてだ。

まずはガーさんやソンくんとともに作った中庭に吊るされた3つの大きな金属ボックスの楽器をそれぞれ弓で静かに弾いて鳴らしてもらう。これが響きあうだけでも、いい音がするはずだ。この静かな序奏を聞きながら、低音の出る打楽器の人が少しずつリズムを鳴らしていく。さらに、例の蟹をつぶす用のアルミ食器をいくつも配置してランダムに鳴らし、そこにリード楽器の人がキューでいっせいに音を出す……。これならさほど技術もいならないし、これだけの人数がいれば面白いんじゃないだろうか。

ところが序奏から、うまく鳴ってくれないな。オレが弓で弾いたときはいい音だったんだけど、やっぱ、いきなり会場に来た人にやらせても、そう簡単にはいかないもんなんですね。あ、でも、やっているうちに、なんだか少しずつアンサンブルみたいなもんが、できてきている……なんて安心した瞬間、今度は低音打楽器のリズムが安定しない。なかなか難しいなあ。でも、次に例の蟹のアルミ食器のいい音がいろいろな場所から響けばなんとかなるはず……。ん? ん? なんか蟹食器の数、少なくない? え、家族連れがうちに持って帰っちゃったって、あららら。

音楽家なしの音楽(撮影:石川直樹)

音楽家なしの音楽(撮影:石川直樹)

終始そんな感じで、いい部分もいっぱいあったけど、やっぱ、なんとか演奏をやり終えたって感じになっちゃったかな、オレは面白かったけどなあ。みなは、どうだったかな。顔を見ると、いまひとつ乗りきれてない顔をしているなあ。オレ、いつもと違うことをやろうと考えすぎたのかもしれない。悔しいなあ。悔しいぞ。このままじゃ帰さないぞ。

あまりあれやこれや考えずに、いつものように、そこにいる人の顔を見ながら、まずは音を出してみて、そこからどんどん面白いところを見つけていくって方法のほうがいいや。ということで、簡単なサインを使った指揮で即興的にアンサンブルを組んでいく方法を試してみることにした。みなでいくつかのサインの練習をしながら、この編成にあった音を探していく。このメンバーでできる面白いことを見つけていく。

10分、20分、30分とたつうちに、みなどんどん笑顔になってくる。オレ、別に笑顔にするためにやっているわけじゃないけど、でも、長年この方法をやってきて、ひとつ言えるのは、いい演奏になってるときは、確実にみないい顔になっているってことだ。いい顔になってくれば、音もどんどん変化する。音の集中力も違ってくれば、グルーブ感も違ってくる。最初はまとまりのなかった、とりとめのない音たちが、ここまでいけるかってくらい、どんどん生きたものになっていく。

こうやって一度みんなのスイッチが入ればしめたもんで、こうなると、会場に来ている子供がいきなり指揮を始めても、面白いものになったりする。ベトナムの学生、日本から来た学生、会場に来ている人たちや、子供たちに指揮をどんどん変わってもらった。いつも思うけど、子供の指揮、本当に面白い。複数での指揮も試してみたり……そんなことをしているうちに、あっという間に90分。参加した人は、今度こそ楽しんでくれたんじゃないかな。みな楽しそうにしている。しかもどこでも聴いたことのないような音楽で。よっしゃ!

本番

終了後は、みなで片づけをして、ベトナムの学生、日本の学生、交流基金のスタッフ、NHKのスタッフ等、総勢数十人の打ち上げ。ベトナムの学生たちがベトナム独特の乾杯の音頭をとってくれる。日本や中国、韓国のように「かんぱ~~い」の一声ではなく、音楽で言えば4小節はあるかってくらいの長いかけ声の応酬のような乾杯の音頭で、しかもそれをリズミカルに全員でやるのだ。ワークショップのときには、あれだけリズムを合わせるのに苦労したのに、みな、完璧にリズムを合わせて音頭をとって乾杯している。おまえら、リズム感めっちゃいいじゃんよ~、もう。

かんぱ〜〜い(撮影:石川直樹)

かんぱ〜〜い(撮影:石川直樹)

たぶん、リズム感がない人間など、本当はいないのだ。だって呼吸したり、歩いたり、話したりできるってだけで、いい感じにグルーブしたりかなり複雑だったりするリズムを駆使していることになるんだから。たぶん、人って、自分の生活の中にないリズムをいきなりもってこられると、体が反応できなかったり、筋肉が萎縮してしまうだけなのだ。ベトナムの学生にとって乾杯のリズムは、体がリラックスして呼吸のようにできるもので、逆にワークショップのときうまくいかなかった「1,2,3,4……」って感じでみなでリズムを合わせるような日常を送ってないってことなんだと思う。

言葉が通じてなかった学生たち同士が、わいわい楽しそうにやっている。そんな景色を大人たちがまわりで孫でもみるように眺めている、そんな感じの打ち上げだった。日本から来た未来塾の学生たちは、何を持ち帰ったかな? ベトナムの学生たちには得るもの、あったかな?