JAMJAM日記|ベトナム編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2015/09/26

作る人が違えば、できる楽器もさまざま

今日も午前中は各自自由行動で、集合するのは午後ということになっているけれど、皆早い時間から交流基金に集まって楽器作りをしている様子。

午後1時に集まって、再び自作楽器でアンサンブルのワークショップ。昨日より、見た目でも、ずいぶん楽器らしいものが増えてきたし、なにより音色のバリエーションが増えている。ちょっとびっくりしたのは、ベトナムの学生のアイコちゃんが作った楽器。彼女は、小さい竹を組み合わせてベトナムの伝統楽器の木琴のようなものも作ってきたりといくつかの楽器を作ってきたけど、なにより素晴らしかったのは、大小のペットボトルの口を重ねるようにして、そこに風船のゴムを使って栓をしてブブセラのような音を出すリード楽器だ。原理はブブセラのリードとまったく同じだけど、日用品だけを使ってよくもここまで作ったもんだと感心する。何よりいい音をしてる。彼女だけじゃなくベトナムの子たちは器用な子が多く、アイスクリームの棒2本と輪ゴムをうまく使ってリード楽器を作る子がいたりと、さまざまな自作音具が誕生している。演奏のほうもずいぶん様になってきている。

アンサンブルのワークショップ(石川直樹)

アンサンブルのワークショップ(石川直樹)

アンサンブルのワークショップ

 アンサンブルのワークショップのあとは各班が作ってきた楽器のプレゼンタイム。ここでプレゼンしでOKが出た楽器を、明日の本番では、さらに一般参加者とともに多数作ることになる。でもって、みなで作った楽器を使って100人とか200人のオーケストラをやるのが目標。したがって単にいい音が出るだけじゃなく、素材が事前に用意できて、来た人だれでも簡単にその素材を使って作れるものでなくてはならない。

父親譲りのDIYの腕前で器用に台所用品を使ってさまざまな打楽器を作ってきた早川さんの班は、彼女の影響か、台所用品でさまざまな創作打楽器を作ってくる。彼女は医大の大学院生で福島出身、将来は助産婦を目指している。今回の日本から参加の学生のリーダー的存在だ。この班の作った、しゃもじとカゴとなべぶたを使った足で叩く打楽器は、アイディア賞もの。

アイコちゃんや菊地さんの班は、前述のとおり。次々と優秀な音具を持ってきてくれる。竹の木琴は、普通に売っていてもおかしくないくらいの精度だ。余談になるけど、秋田公立美術大学の菊地さんは、この旅がきっかけになったのか、現在海外留学を考えているらしい。頑張れ。

同じく秋田公立美術大学の西永さんは、幼少の頃、短い期間だけベトナムに住んだことがあって、でもその時のことが、どうもひっかかっているらしく、彼女なりになにかを見つけに来た旅だったようだ。ベトナムの子たちとのコミュニケーションに四苦八苦しながら、彼女のいる班も、サラサラといい音のする傘のような楽器やら、空き缶を使った素敵な音の出る楽器を作ってくれる。これもいい音してたなあ。

ブンチャ屋であった牧野くんのいる班は、ベトナム在住の加納さんも参加して謎の弦楽器やら(ちょっと音が小さかったけど、まあいいか)、アルミの小さな茶碗を鉄琴のように鳴らす楽器やら(こちらはいい音がしてるぞ)。よし!

福島大学から来たやる気たっぷりの三浦くんのいる班は、ストローを竹に入れて鳴らすリード楽器をみなで作ってきて、これ、なかなかいい音がしてました。彼は震災後、あえて福島に行くことを選び、仮設住宅の支援をしたりとさまざまな活動をしていて、そんな彼にはこのプロジェクトはどう見えたかな。

プロジェクトFukushima! のボランティアもやってくれていて、銀行への就職の決まった平石くんのいる班は、ベトナムの日傘を使ってサラサラ音が出る音具やら、竹としゃもじを使って、うまくいってるのかどうかよくわからない打楽器やら何やらを作ってきてくれた。

それぞれの班の作品に対して、藤さんが日本語で、ガーさんがベトナム語で厳しくも心優しいアドバイスをしてくれる。この二人がいてくれて、本当に助かった。長年学生たちと作品を作ってきた藤さんの手腕には唸らされる。この先もいろいろとよろしくお願いします。

プレゼンの成果を持ち帰って、各班、明日の本番にむけての準備に入る。どの班も、おそらくは最初に一番苦労したのは言葉なんじゃないかな。日本語学校の学生とはいえ、日本語のレベルはさまざま。英語が共通語にできるわけではないし、とにかく通じないところは身振りなり絵を描くなりして、なんとかコミュニケーションをとらなくてはならない。音楽は世界の共通語……って言い方があって、まあ、間違ってはいないけど、でも具体的に音楽を作るときには、やはり言葉が通じないのは大きな障害だ。音楽をやればなにかが通じるなんてもんでは決してないとオレは思っている。音楽は共通語なんてことをいきなり言って何かをやるよりは、通じなさのほうこそ大切にしたほうがいいと思っているくらいだ。互いに全然通じてなくても、とりあえず一緒になんらかの音楽なりを作ることで生まれる関係性というか、うまくいけば相互理解、あるいはもしかして相互誤解みたいなもんの積み重ねのなかから、なんだかわからないけど生まれてくる、まだ何モノにもなっていない謎に満ちた音のほうが、可能性があるんじゃないかなって気がしているのだ。だから、みなには必要以上に方向付けをしなかった。とにかく無理矢理でもいいから、集まった人たちとなんか作ってみる。そこから出てきた音で、どうするか考えてみる。そんなことができれば充分なんじゃないか。明日の本番を前に、みなの笑いながら悪戦苦闘する姿を見て、そんなことを考えていた。


楽器のプレゼンテーション
明日の本番を前に(撮影:石川直樹)

明日の本番を前に(撮影:石川直樹)