Report
目覚めよ歌えよ、街中の音たち! 加納遥香 Kano Haruka

撮影:石川直樹

ベトナムの日常の音

ハノイは音にあふれている町。早朝目を覚ますと、バイクと音と鶏の鳴き声が聞こえ、ああ、一日が始まったなという気がします。ラッシュの時間に向かって徐々に増えるバイクの音、自転車でモノを売る宣伝マイクの音、大きな声で挨拶がてら話し込む近所の人々――少し騒がしいけれど、どの音が欠けてもハノイの朝は成り立ちません。

ハノイに住んでいる私にとって、これらの音は日常の中の何気ない音でした。ベトナムに住んでいるベトナムの人々もそうでしょう。そこから音楽が生まれるなんて、誰も思っていませんでした。

音が目覚める

2015年9月、ハノイの街に新しい風が吹きました。「ベトナムの日用品を使って楽器を作り、みんなで即興演奏をしよう」。このプロジェクトのお話を耳にしたのは7月終わり。しかも音楽家でない人たちが主役とのこと。なんて面白そうなんだ、と一瞬にして引き込まれました。プロジェクトのディレクターの有馬恵子さんがベトナムに住んでいるアシスタントを探していらっしゃるということで、ハノイ在住の建築家竹森紘臣さんに、ハノイ在住の音楽好きならこの人! と恐縮ながらもご紹介に預かり、お手伝いさせていただくことになりました。

私がハノイに来たのも、音楽がきっかけです。ちょうど2年前の2013年秋に、ベトナム国立交響楽団が日越外交樹立40周年を記念して日本ツアーを実施しました。そのお手伝いを一部させていただく機会があり、ツアー後も彼らの音を忘れることができず、2014年からハノイで留学生活を送っています。こちらではベトナムにおけるクラシック音楽の歴史について研究していますが、そんな私のもとに舞いこんできたベトナムの音で音楽を作るプロジェクトのお話は、研究とは一味違った新鮮さと魅力に満ちあふれていました。

 

さて、9月下旬に国際交流基金やアーティストの方たちがハノイに次々到着。いよいよプロジェクトの開始です。

初日は、ベトナムのアーティストの方々も含む関係者が顔合わせをしたのち、みんなで旧市街を散策に行きました。途中で筒を目にすれば吹き、器を目にすれば叩き、何のへんてつもないモノたちの中に眠っている音たちを目覚めさせていくメンバーたちと、それを不思議そうにじっと見守る店員たち。そんな光景をみていると、街角には音を生み出したくてうずうずしているモノがたくさん潜んでいるような気がしてきました。結局その日は、オーダーメイドのステンレス製の大きな箱や、竹、たらいなどがオーケストラの仲間入りに決定。

プロジェクト3日目からは、東北発☆未来塾の日本人学生6人とハノイ外国語大学の日本語学科の学生たち約20名も参加。私を含めた学生チームは6班に分かれ、3日間で班ごとに20個の楽器製作という課題が出されます。アイデアを出し合い、買い出しに行き、ここでもやはり店頭で音をチェック。

私の班では、ベトナムのどの家庭にもあるお盆(Mâm, マム)を二枚合わせた太鼓や、金属やプラスチックの容器に米や豆、ボタンなどを入れたマラカスなどを作りました。家庭料理のカニ汁を作るための沢ガニのすり鉢は叩くと透き通った音が響き渡り、いろいろな大きさの鉢を並べることで音階を作ることができます。弦楽器の製作にも挑戦しましたが、これがなかなか難しい……。

他の班に目を向けると、竹を使った打楽器や、ストローをダブルリードに見立てた笛、空き缶と風船で拍子抜けする音が出る楽器など、多様多彩な楽器が生まれていました。また、初めは音が鳴るかどうかが一番大きなチェックポイントでしたが、楽器製作が進むにつれ、だんだんといい音、面白い音、きれいな音、大きな音を求めて試行錯誤の楽器改良がおこなわれていきました。楽器としての名前をまだ持たない音のなるモノたちが次々に誕生し、プープー、カタカタ、バンッダダダン、ビヨーンと産声を上げています。

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撮影:大友良英
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撮影:有馬恵子

いざ、パフォーマンス

9月27日日曜日。アーティストも各班の学生も、朝から黙々と楽器製作や合奏練習に励みます。ベトナムの学校では基本的に合奏の授業がないからか、一定のリズムを刻むことは彼らにとって至難の業。3日間の合奏練習を積んで学生たちは少しずつ慣れてきたようですが、一般の参加者を交えた本番でどうなることか、不安は残ります。

パフォーマンス会場は国際交流基金の中庭。プロジェクト2日目に、ベトナム人アーティストのグエン・バン・ガーさんとフン・ティエン・ソンさんらが、広い空間をコンサート用にセッティングしました。向かい合った建物と建物の間に何本もの紐を渡し、そこに大きなたらいや金属の箱を吊るしていくと、会場の空気には見事に一体感が生まれました。もちろん本番ではこれらも楽器として活躍します。

午後には一般の参加者が会場を訪れ、学生たちと楽器製作開始。班ごとに楽器試奏、製作ができるコーナーが設けられ、なんだか縁日のように人々が行き交いにぎわっています。思わぬものから作られた楽器に、一般の方々もびっくり、興味津々です。

リハーサルを経て、学生も、一般の参加者もみんなひとつずつ楽器をもち、いよいよパフォーマンス本番。もちろん場に集まった全員が演奏者です。大友さんの指揮に続き、小さな男の子、日本人学生や初めて指揮を行う女性が指揮を取り、それに従って各々が自分の音を鳴らします。ベトナムの街角に眠っていたモノたちが声高に歌う時間が来たようでした。空中に吊るされた金属の箱は弓で弾かれて神秘的な音を響かせ、大きなタライも大太鼓として低音のリズムを刻みます。そこにだんだん多様な音が加わっていき、わいわいやーやーと楽器たちが思い切り自己主張をするお祭りの音楽、誰かの音に耳を傾ける対話の音楽など、パフォーマンスは次々に様相を変えて突き進んでいきます。

ふだんはおしゃべりの絶えないベトナムの人たちも、パフォーマンス中はびっくりするくらい静かに、集中して音に耳を傾けています。モノが歌い、ヒトが静まる、そんなヒトとモノとが逆転したオーケストラは、ベトナムの音なのにベトナムじゃないような、日用品であふれているはずなのに非日常的な、なんとも不思議で楽しい空間を生み出し、最後は参加者みなの笑顔でエンディングを迎えました。

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撮影:石川直樹
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撮影:石川直樹

ベトナムの人々の感覚と音楽

ベトナムで音楽を作る意味って何だろう、と考えているとき、ふとベトナムの人々の不ぞろいな手拍子を思い出しました。ベトナムには、時間にルーズだという意味の「ゴム時間(Giờ cao su, ゾー・カオ・スー)」という言い回しがありますが、音楽についてもそんな調子です。日本人は小さいころから足をそろえて歩く行進の練習や拍に合わせて歌う練習をしているので、手拍子がそろうのは当たり前、飲み会の最後は一本締めで、という文化ですが、ベトナムはそうではありません。各々の中に各々の時間が流れており、そのテンポは多様、テンポ自体も流動的なようです。

もしベトナムを舞台に、ベトナムの人々を中心に音楽を生み出すなら、それは「ゴム音楽」であっても面白いかもしれません。そもそも、ベトナムの民謡には西洋音楽のようなテンポをきっちり保つという概念がありません。ベトナム語の持つ声調と相まって、上昇下降の多く、くねくねとした歌い方がなされます。切り刻まれた拍にとらわれないベトナム民謡に、「ゴム音楽」のヒントが隠されているのかもしれません。

ベトナムの民間音楽は、元来日常の中で営まれるものでした。民謡には、ノン(ベトナムの笠)を編みながら歌う歌、もみ殻をつぶしながら歌う歌、魚を取りに行く歌、川で船に乗る男性と川岸で洗濯をする女性の掛け合いの歌などがあり、ハノイの観光地としても有名な水上人形劇は、もともと農村の湖や池で農閑期に行われる農村芸術でした。日常の行為や空間と一体化した音楽、それが田舎の音楽の風景です。また、それらの音楽は大勢でわいわい歌われたり、二人だけの対話が行われたり、集団の中で一人ずつ歌う対話が行われたり、といろいろな形式を含んでいます。緩やかな規則の下で、即興の歌詞をつけて自由に歌う音楽が多いとも言われています。

フランス植民地時代には、ベトナムにも西洋音楽文化が流入しました。1945年の独立以降は、北部を中心に音楽家たちは各地方に下り、大衆と生活を共にしてその現実体験をもとに、西洋音楽理論を基礎とした革命歌、闘争歌を作曲し、それらは大衆の間で広く歌われました。一方で、西洋クラシック音楽も積極的に受容、発展され、現在では全国に5つのプロ交響楽団があります。南部では早くから流入していたポップやロックも、1975年の南北統一後からは全国的に普及し、現代ではクラブ音楽なども水面下で少しずつ広がってきています。

現代のベトナムの人々、特に都市部の人々は、テレビやネット、コンサートを通してさまざまな種類の音楽を知らず知らずのうちに耳にしているでしょう。そのなかで、人々にとっての音楽は、元来の日常に密着した民間音楽文化とも、大衆と音楽家がともに築き上げた闘いと団結の音楽文化とも違ったものになっているかもしれません。また、音楽についても、それは音楽家のものであり、音楽家のつくるものである、と受け止められているかもしれません。

今回のプロジェクトはその概念を取り払い、ベトナムの人々が内にもっている音楽性を表現するためのきっかけの一つになったと思います。

それでも、まだまだ街中に眠る音たちを目覚めさせた段階です。今後、活動を続けていくことで、その音たちが新たな冒険を繰り広げていくのではないか、そんな予感で胸がいっぱいです。

加納遥香(かのう・はるか)
1990年横浜市生まれ。2013年一橋大学社会学部卒業(卒業論文「芸術によるフクシマの記憶化―行政はいかなることができるのか―」)、同年春より同大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻修士課程在籍。専攻は社会学、人類学。2013年9月に行われたベトナム国立交響楽団日本ツアーにおいて、一橋大学兼松講堂公演学生実行委員会代表として活動。現在は「ベトナムにおける西洋クラシック音楽の形成と発展の歴史」をテーマに研究しており、2014年よりベトナム・ハノイ国家大学人文社会科学大学に留学中。