特別寄稿
魂のアンサンブルを求めて
ハノイでのワークショップについて 藤浩志 Fuji Hiroshi

撮影:石川直樹

廃棄物たちの声を聞く

あまり認知されていないと思うが、僕は1980年代前半より行ってきた表現活動の中に、ありとあらゆる方法で音を取り入れてきた。10台を越える地中に埋められたテレビモニターのチューニング音、送風機の回転する音、落下音、楽しい音楽、悲しい音楽、エンドレステープに吹き込まれた喜怒哀楽の鳴き声、作品を燃やす音、立ち上がる炎と水をかけて消える音、水蒸気、和太鼓の競演、ローラースケートで走る音、染色用のたらいとビー玉、おびただしい数の茶碗、梱包用平ロープの振動音、竹リン、車止めコーン、紙袋、鳥の声と人の話し声、風の音、森林の声、子どもの歌声、インタビュー音声、短波ラジオ、おもちゃの楽器の音、振動音、鼻歌などなど。

音が音楽になる以前の状態や、音が空間につながる仕組みにも興味を持ち、ときにはオリジナルの楽器のようなものをつくり、ときには歌にならない声を出し、あるときはパフォーマンスとして、あるときは展示作品に忍ばせて、美術表現の裏方でその空間の隙間を支えるように音をいじり、つかってきた。

特に家庭から排出される廃棄物をコレクションする活動をはじめた1997年以降、その素材の可能性を引き出そうとするたびに、切り刻んだり、ひっぱったり、叩いたり、弾いたり、そのものの音を探ってきた。素材は手を少しだけ加えることで思いもよらぬ音を出す。それがその素材の鳴き声にも、喜びの声にも聞こえたりした。どんなものにもそのものの音がある。そしてそのものの状態を超えるときに発する音もある。

そんなことを友人と話していて、「魂の楽器研究会」という部活動のようなものがなんとなくできて、天板の薄そうなテーブルを見るとついつい叩いてしまったり、日常の風景にある音やリズムのようなものを見つめるようになってきた。そんなとき、大友良英さんのベトナムでの楽器作りのサポートで現場に入る話をもらった。

僕の専門は廃棄物であり、本来身の回りにあるものたちの音を掘り下げ、楽器と見立てることにある。街の中にあふれる商品から楽器になりそうなものを選んで購入するというプロセスにはあまり関心がなく、その部分は地元のアーティストにお願いした。しかし、考えてみると、商品と廃棄物の境界面はごくごく薄い。ある瞬間に日用品は廃棄物になり、ある瞬間に廃棄物は特別な存在に変わる。

楽器をつくるワークショップは10年ほど前に福岡の大型商業施設で竹を用いて開催したことがある。自然物をつかったり、廃棄物を使ってのコンサートやライブや舞台製作は以前、足立智美野村誠という現代音楽の作曲家と行ったことがあるが、僕としては同世代の大友さんのオーケストラでどのような音楽ができるのか楽しみだった。

足立智美

1972年生まれ。パフォーマー、作曲家。ヴォイス、各種センサー、コンピュータ、自作楽器によるソロ演奏、音響詩、舞台音楽など幅広い領域で活動し、またインスタレーション作家、映像作家としても活動、非音楽家との大規模なアンサンブルのプロジェクトもおこなう。高橋悠治、一柳慧、伊藤キム、坂田明、飯村隆彦、猫ひろしらと共演、テート・モダン、ポンピドゥー・センター、ウォーカーアートセンター等で公演している。現在はドイツ在住。

野村誠

1968年生まれ。作曲家、鍵ハモ・ピアノ奏者、共同作曲実践者。ホール、 美術館、銭湯、プールなど様々な場所で音楽活動を展開。国内では、子ども向け番組「あいのて」番組監修。横浜では、横浜トリエンナーレ2005にて「ズーラシアの音楽」を発表。著書に、『即興演奏ってどうやるの』ほか。CDに『瓦の音楽』、『ノムラノピアノ』ほか。NPO法人「芸術家とこどもたち」理事。日本相撲聞芸術作曲家協議会理事。千住だじゃれ音楽祭芸術監督。日本センチュリー交響楽団コミュニティプログラムディレクター。

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1984年、「なまずの群像建設未定地」千葉県我孫子市手賀沼周辺空き地。

建設未定地の看板をたてて、ナマズの群像を作るふりをする数週間行うプロジェクト。実際は手賀沼沿いの空き地に工事現場のようなしつらえをし、そこにモニター10台ぐらいを土に埋め込み、そこからスピーカーを20個程度引き出し、会場内に音環境を作って、モニターのチューニング音とボリュームを微調整しながら音空間を作るパフォーマンスを続けていた。
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1984年、「ゴジラ君の散歩」東京藝術大学ギャラリー。

ある種のエネルギーの塊としてのゴジラの口の中からは苦悩の音楽が、権威や権力の象徴としての金色の鯉の頭からは楽天的な楽しい音楽が流れている。会話にならない両者が出会いつつ魅かれつつある出会った時の瞬間を表現した作品。
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1985年、「松の木の憂鬱」横浜市民ギャラリー。

長さ30メートルの老い松のぬいぐるみの下に20匹を越える池から頭を飛び出したような鯉の像が設置され、それぞれの鯉の口からエンドレステープに吹き込まれたさまざまな別の種類の喜怒哀楽の鳴き声が流れている。
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1988年、「うたう」ANAインターコンチネンタルホテル東京。

空間の質を一瞬にして変化させる要素としての音に興味を持って「声を発する」パフォーマンスをいろいろな空間で行っていた。大谷石の採掘現場跡、廃墟、船着き場倉庫、海岸、ホテル、ギャラリー、美術館などいろいろなところで試みていた。

オリジナルな楽器を作り、奏でる

さて、現場に入る。日本から6名の大学生がベトナムに入り、その学生が主体となり、1週間足らずでベトナムの大学生とオリジナルの楽器制作を試み、その楽器を参加者が制作して皆でアンサンブルを行うというかなりハードスケジュール。

日本からの学生は、音楽の専門でもなければ楽器の専門でもない。音にどれほど興味があるかどうかもわからないが、いろいろ素材に向き合う態度は真剣で面白い。今回のプログラムはあくまでも楽器の演奏に対して素人である参加者が、日用品から作られたオリジナルの楽器を使って演奏するという点に面白さがある。つまり、フラットなのだ。上手も下手も、経験者も素人もなく、参加者が皆同じ土俵にいて、年齢や職業、社会的立場や国籍などを超えて全体が繋がる瞬間を作り出すところにこのプロジェクトの大切な意図がある。

実際に始めてみると、学生達がいろいろなプロセスを経て、それぞれオリジナルの音に出会っていたことには感心させられた。しかも、ベトナムの学生達といかにも楽しげに、笑いの中で。また、僕の思いもよらない方法で思いがけない音を出す装置を考えたグループもあり、数々の可能性を垣間見ることができた。
もちろん不十分な面もあった。オリジナルの楽器をどのように奏で、どこまで深い演奏ができるのか、という部分へのアプローチに取り組む時間の余裕がなかったことは悔やまれる。

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撮影:有馬恵子

例えば僕ならば、単音しか出せない竹一本でも、1時間以上は吹き続け、楽しむことができるだろう。そして横の人の奏でる音と呼応しながらセッションを行うこともできるだろう。うまいかどうかとか、人に聞かせることができる質かどうかはおいても、自分でそれを楽しみ、セッションしている相手を楽しませるやり取りができるのは大切で、その技術のあるなしは大きな違いになる。ものを叩いたり、息を吹きかけたりすることで、さまざまに音を出すことはできても、それを音楽として奏でる演技力、他人と音で交流するコミュニケーション力、あるいは音の世界に入り込む力を楽器が未経験の人に意識させ、共鳴させることは難しいのだろうか。

もうひとつ、音のバリエーションはそれなりにそろったものの、演奏する段階で、同じタイプの楽器同士で協力し合いながら、音がまとまり塊になったときの音質を模索する余裕がなかったことも残念だ。それぞれの楽器の特性を深く自覚した演奏者が、自分たちのパートの音色を最大限に楽しみながら演奏することができれば、もっと深みのあるアンサンブルになったのではないかとも思う。そして、もっとベトナムの人の魂に届く音について、彼らのフェチについて、僕自身まったく無自覚だったことは大いに反省すべきかもしれない。

いや、あのときの中庭でのアンサンブルの濃厚な時間の質が反省すべきものだったとは思っていない。さらに次の時間の質への昇華を望むとすれば、できることはまだまだたくさんある。もっと魂の音を探りたい。そしてあらゆるボーダーを超えて繋がる空間を堪能したい。アンサンブルズ・アジア・オーケストラにはその可能性があると確信している。

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撮影:石川直樹

藤 浩志(ふじ・ひろし) 美術家
1960年鹿児島生まれ。京都市立芸術大学在学中演劇活動に没頭した後、地域社会を舞台とした表現活動を志向し京都情報社を設立。京都市内中心市街地や鴨川などを使った「アートネットワーク’83」の企画以来全国のアートプロジェクトの現場で「対話と地域実験」を重ねる。同大学院修了後青年海外協力隊員としてパプアニューギニア国立芸術学校勤務。都市計画事務所勤務を経て92年、藤浩志企画制作室を設立。各地で地域資源・適正技術・協力関係を活かしたデモンストレーションを実践。福岡県糸島市在住。NPO法人プラスアーツ副理事長。十和田市現代美術館館長。秋田公立美術大学教授 http://geco.jp