JAMJAM日記|フィリピン編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2014/09/04

雨、昨日干した洗濯物が濡れてしまった。

午前中は開沼さんが、ヴィラで働く女性3人にインタビュー。カレッジに通いながらヴィラで働いている子もいれば、子どもがいる若い母親もいる。通訳は吉岡さん。何度かおつきあいしたインタビューの中でも、このインタビューが一番面白かった。彼女達にとって音楽はどんな位置づけなのか。そもそもどんな音楽を聴いて、楽しんでいるのか。ディスコのこと、ポップスのこと、本当は古めかしいと思っているけど、でもやってると楽しいなって感じる昨日の夜のギターアンサンブルのこと等々。僕などがついついとらわれてしまう伝統どうこうって見方ではなく、今ここにあるものをどう見ていくか。開沼さんの視点がどんどんシャープになっていく。社会学者ってのはこうやって物事を見ていくのか。

インタビュー(撮影:大友良英)

そろそろ島を離れる時間だ。原田さんにはお礼に「あまちゃん」のサントラCDを差し上げた。実は今回は「あまちゃんの・・・」みたいなことを一切言ってない。日本で動く時はたまにこの名前を利用させてもらうときもあるけど、あまりそういう目だけで見られたくないというのもあるし、そもそもフィリピンの調査にそういうことは関係ないと思ってたからだ。でも、予想外に原田さんがびっくりされて、逆にこっちが恐縮してしまった。

原田さん、本当にありがとうございました。いろいろお世話になりました。ヴィラの食事もおもてなしも最高でした。なにより自然の素晴らしさは、ことナチュラルなことにまったく鈍感な僕でさえ感動しました。

今後この調査が、どう生かされていくか、今はまだ何とも言えませんが、いくつかの段階を踏んで、きっと何らかの形になっていくことと思います。その重要な一歩になりました。島の人が期待していた楽器の支援では、残念ながら僕らは力になれませんが、でも別の形で、この先、何か一緒に出来る事があるかもしれません。その時はぜひよろしくお願いします。

 

雨の中港に行く。島を離れるボートは行き同様、ぎゅうぎゅう詰めだ。停泊中からものすごく揺れる。行きは停泊中こんなに揺れたかな? 嫌な予感。案の定、船が出るともの凄い揺れだ。おまけに冷房が異常にキツくて、まるで冷蔵庫の中にいるようだ。数分で船酔い。これがあと1時間も続くのかと思うと気が遠くなる。なのに石川さんは平気な顔をしてるし(冒険家だもんな、当たり前か)、開沼さんも平気な顔をして本を読んでいる。本? この揺れの中で本って! どんだけ天才なんだ、もう。有馬さんは? 吉岡さんは? あれれ見えなくなってる。どこかでへたってるのかな。

とにかく揺れる。「これでもかっ」てくらい揺れる。さすがにいつ吐いてもいいように紙袋を用意する。気を紛らわすために音楽を聴いてみた。アストル・ピアソラとジェリー・マリガンの『孤独の歳月』。そのあとはレッド・ツエッペリンの『レインソング』・・・どっちもダメか~。エリントンは? いやいや曲を探してるだけで吐きそうになる。もういいや、流れるものをとにかく聴く。あ、ここで山口百恵が来るか~。あれれ、意外にいいかも、うわ、でもまた吐きそう。状況は一進一退、というか揺れはさらにひどくなる。まだ30分もたってないのに。

そんなときだ。突然前の方に座っていた黒装束の中年女性と初老女性が立ち上がって、こちらに向けて手をかざしている。ん? なんだ? この人達、乗船するときから、なんとなくマイケル・ジャクソンみたいなサングラスと髪型で、おまけに何か不必要なくらいオーラを出していて気になってたんだけど、やっぱただ者じゃなかった。かざした手を円を描くようにゆっくりグルグルやりながら、手のひらを返して、皆に向かって何かを投げるような仕草をしている。ん?ん? これ、もしかしたら黒魔術? たしかに装束はハロウィンの魔法使いみたいだし、サングラスはマイケルだし。うわ~、すっげえ面白いと思う気持ちと、酔って吐きそうな状態の競い合いのようになってなんだかわけが分からなくなる。遠くに座ってPCをいじってる石川さんや、本に夢中になってる開沼さんに、見て、見てって言いたいんだけど、吐きそうでとてもそんな状態になれず、それより黒魔術をみなにかけているなら、この酔いもなんとかしてくれ~~、ってか、この人達は、もしかしたら揺れて憔悴しきってる乗客にパワーを送ってくれているのだろうか? 動作がどんどん激しくなって、この先、もしかしたらトランスするのかと思ったら、さっとやめて、また席についてしまった。

今のはなんだったんだ?

ボートにて(撮影:大友良英)

我慢すること1時間15分、船は向かいの島のドゥマゲテ港に到着。這々の体で船から降りると、先に降りた開沼さんや石川さん、吉岡さんにマークが待っていてくれる。まいった。歩くのがやっと、なんて思っていたら、オレよりひどい状態の有馬さんが、病人のような真っ青な顔で、荷物を持つのもやっとという体で降りてくる。すかさず石川さん、開沼さんはさっと手をさしのべる。ええどええど、若者ども。オレはというと、その様子を地面にへばり込みながら見ていた。マイケルの黒魔術、全然効かなかったなあ、なんて話しをしたら、開沼さんも石川さんも見てなかったという。あれは幻だったのか。有馬さんは、そんな話に参加する事も出来ないくらい真っ青だ。無理もない。オレもあんな揺れる船は初めてだった。

チキンの上手い店で昼食をとりつつ休憩。オレも有馬さんも美味いメシでかなり復活して来た。そのあとは自由行動で街中のデパートや商店街をブラブラ。オレは雑貨屋のような商店でマークに通訳してもらい地元の音楽のCDを十数枚購入。1枚50円くらいで、どれもCDRがべらべらのビニールケースに入っていて、コピー紙の小さなジャケットが入っているのみ。ヒップホップから、古いフィリピン歌謡曲、はたまた地元セブアノ語のポップスまで。さてさてどんな音楽が入っているかな。
さらに工具店に入る。ニッパにしろペンチにしろめちゃくちゃ安い。買いたい衝動にかられるけど、いやいや、家に持ってるし、今買う必要ないでしょと自分に言い聞かせる。そういえば今回はほとんど現金というものを使ってない。両替した5万円がほとんど丸々残っている。

商店街にて(撮影:石川直樹) 商店街にて(撮影:石川直樹) 商店街にて(撮影:石川直樹) 商店街にて(撮影:石川直樹)

ドゥマゲテ空港の待ち合い室で、どういうわけか盲目のギター弾きが、弾き語りでアメリカンスタンダードを静かに歌っている。隣にはお金を集める箱が置いてある。あとで知る事になるのだが、フィリピンの盲人学校では音楽を教えるらしく、こうして生計をたてているそうだ。昨日までと違い、彼のギターのチューニングは完璧だ。公共の場所で聴きたくもない音楽をスピーカーから流されるのがオレは本当に苦手だし、自己顕示欲のある生演奏を聴かされるのもとても苦手だけれど、彼の静かなというか、微かな弾き語りは嫌いじゃなかった。ポケットに入ってる小銭をそっと箱にいれる。

ここから再び飛行機に乗ってマニラへ。行きと違って機内は冷蔵庫のように寒い。空調のダクトからは白い冷気が出ているのが見えるんだけど、なんでそんなに冷やす必要があるんだ? わけわからんくらい寒い。寒いぞ~

 

マニラ空港でマークと別れ、再び三富さんと合流。マニラ市内のイントラムロス地区にあるホテルに向かう。ここから再び車に乗ってフィリピン料理のレストランへ。美味い。カレーのように見えるけど、まったくカレーとは似ても似つかない味のカレカレやら、フィリピンの名物料理を。皆疲れているのに相変わらず良く食べる。食べる若者を見ているとなんだか未来があるような気がして実に気持ちがいい。

 

ホテルに戻って屋上のカフェに集合。マニラの夜景が素晴らしい。吉岡さん、三富さん、有馬さん、開沼さん、石川さん、そして私で、今回のシキホール島の調査についての互いの報告と、今回の事をふまえて各地でワークショップをやったり、オーケストラを作っていく具体的な方法についての検討をしたりといった、今後どうしていくかについての長い長いディスカッション。さすがに、みな深い見識をもっているだけのことはあって出てくる意見がいちいち面白い。特に有馬さんの東北ユースオーケストラでの経験は、大いに参考になる。それをアジアのワークショップにどう反映させていったらいいだろうか。何をすればいいかが見えてきた部分もあれば、まだまだ見えないところも沢山ある。皆と私との間で大きく意見が対立したり、それを石川さんが交通整理をして、まとめてくれたりと、なんだかものすごく熱い話し合いになる。

カメラを持って世界を見てる石川さん。社会学の方法で世界を見てる開沼さん、2人に対して、オレは今回はただついて行って見てまわっただけで、手足をもがれたような、何か強いストレスを感じたのも事実だ。音楽をやりたい。音を出してみないことには、オレには何も見えてこない。オレはこれまでもずっと、音を出す事で世界を見てきたのかもしれない。ただ見たりしているだけだと、何も見えてこないのではないか・・・。そこまで極端ではなくとも、やはり何か音を出す事を手がかりにしたい。次の調査からは、どんな形でもいいから子ども達と一緒に音を出せないだろうか。いきなりでもいいから、失敗してもいいから、何かやらせてもらえないだろうか。そんな提案をしてみた。

 

アジア各地で僕らがこれから子ども達と作るオーケストラは、実はまだ具体的な形や方法が定まっているわけではない。自分の手慣れたやりかたを使って音楽を作るのであれば、それはそれほど困難なことではないだろう。でも今回はそうした方法を取らない・・・。そう決めている。なぜなら、自分のやり方を相手に伝え、実践してもらうような啓蒙の方法をとりたくないからだ。そうではなく、相手の状況や発想と自分のこれまでやってきた方法が出会ったときに、どういう方法を見つけ選択し、どうやって一緒に音楽を作っていけばいいかを考えるのが今回のアンサンブルズ・アジア・オーケストラのプロジェクトの根幹になる発想なのだ。しかもこれだけで終わるのではなく、その先があって、そうやって個々の場所で生まれた独自の音楽同士が、個々のオーケストラやアンサンブルが、この先どうネットワークを築いていけるか、さらにはアジア各地のプロフェッショナルな音楽家や、音楽とも美術とも言えないような、どちらでもあるような独自の表現をしてる人達とも相互影響し合いながら、複合的なアンサンブル、それこそ「アンサンブルズ」をどう作っていけるか、そんなことを考えて、このプロジェクトをスタートしているのだ。

だから、どんな音楽が生まれて来るのかすら、わかならい。この先どういう方法でやってくかということも、いちいち考えつつ発見してく、見つけていくようなプロジェクトにしたいと思ってる。最初から答えがあって、こういうのが立派な音楽で、それに向かって皆を教育してく、それを目指す・・・みたいな方法は一切とらないし、ここでは、そうしたことをしてはいけないと思っている。何をやるにも現場で出会った人と一緒に考えていく。最初から私個人が望むような価値観に誘導するのではなく、その状況に合った選択を見つけていく。そんな音楽を作りたいと考えている。かつてディレク・ベイリー等、ヨーロッパの即興演奏家達が、参考に出来る何ものもそれ以前にはない中で、独自の問題意識をもって、それまでにない音楽創作方法を見つけていったように、アジア地域には、アジア地域独自の問題があって、その中で生まれる必要がある音楽があるはずだ。それを見てみたい。そしてそれは決して1人で作るものではなく、多くの様々な立場の人達の発想や葛藤が反映されるものであった方がいいのではと、オレは思ってる。なんだか理屈っぽくて恐縮だけれど、でもそんなものを作る切っ掛けを沢山作れるのが、このプロジェクトなんじゃないかと思っている。

 

気づいたら深夜12時、夜景の光もだいぶ暗くなっていた。
僕は先に部屋に戻ったけど、有馬、石川の2人はさらに遅くまでディスカッションをしていたらしい。

今日のディスカッション、きっと次回12月のインドネシア調査に生かされることだろう。