JAMJAM日記|フィリピン編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2014/09/02

朝5時ホテルロビー集合で、タクシーで空港へ。さすがに眠いけど、マニラ在住の三富さんがちゃんと来てケアをしてくれているのを見ると、わがままは言えないや。いつもはどこに行くにも自分1人で手はずを整えるのが、僕らインディペンデントな音楽家のたしなみだけれど、こうして、ケアをしてもらうのは、本当に助かる。 それにしても開沼さん、石川さん、吉岡さんは早朝から元気。オレは、誰の目から見ても朝が苦手なのモロバレな感じで、ドヨ~~ンとしている。有馬さんも朝は苦手なのかな、テンションかなり低め。オレだけじゃなくて良かった。

向かうはフィリピン中部、セブ島の南に位置する五島列島の福江島ほどの小さな島、シキホール島。魔界の島と呼ばれているらしく、フィリピンの信心深い人は行きたがらないらしい。僕らは、ここに住んで、学校への支援や子ども達へのさまざまなケアをやってきている原田淑人さんの存在を知り、彼から話しを聞くべく、そしてこの島の様々な場所や人を紹介してもらうべく、ここを最初の目的地に選ばせてもらった。 「魔界の島からのスタートなんて、僕ららしくて幸先いいかな」くらいの気持ちで。

1時間半ほど飛行機に乗って、シキホール島の西に位置するネグロス島のドゥマゲテ空港に到着。三富さんから「飛行機は冷蔵庫のように寒いから長袖を忘れずに」と言われたけど、そうでもなく適温。この空港でフィリピンの国際交流基金に勤めるマーク・オカンポさんと合流。カリフォルニア生まれのフィリピン人で素敵なヤツだ。彼が島での活動をサポートしてくれる。 空港からバスで15分ほど走って港へ。ここからシキホール島に行く船が出ている。 待ち時間に、港の近くを散歩してみる。なにしろ初めてのフィリピンだ。時間があれば一応いろいろ見てみたい。スラムのような街に迷い込むと、男性達が朝から博打をしている。おまえら何者だって顔で見られはするけど、でもさほど物騒な感じではなく、なんだかのんびりしている。この感じ、以前どこかで感じた事あるけど、どこだったかな。

siquijor_map

シキホール(Siquijor)

シキホール島は、フィリピン中部のヴィサヤ地方に位置する面積343.5㎢、人口約9万人というフィリピンで3番目に小さな州である。珊瑚礁やマングローブに囲まれた自然豊かな土地には多くの蛍が生息することでも有名で、16世紀にフィリピンに入植したスペイン人は、その蛍の多さからシキホール島を「Isla de Fuego」(火の島)と形容したとも言われている。また、島内ではキリスト教と土着の信仰が融合した「魔術」が継承されており、フィリピンの人々からは「魔術の島」として知られている。

飛行機から (撮影:石川直樹) ドゥマゲテ空港にて (撮影:有馬恵子)

100人ほどの乗客でシキホール島に向かうはぎゅうぎゅうだ。揺れるので要注意ということだったけど、そこまで揺れる事もなく1時間半ほどで無事シキホール島に到着。 なんでここが魔界の島なのか全然わからないくらいの白い珊瑚礁に青い海・・・なんて書くと松田聖子の唄みたいだけど、本当にそんな感じ。おまけに椰子の木まであって、もう絵に描いたような南の島。でも観光地くささは皆無だ。 港には原田さんが車で迎えに来てくれる。70歳と聞いていたけど、びっくりするくらい若い。オレと同じ年くらいにしか見えない。早々に一行は原田さんが運営する宿泊施設の「Villa Marmarine(ヴィラ・マーマリン)」。ここも南の島のヴィラって感じで、メンバー1人ひとりに1棟、僕の部屋は新婚さんが泊まりそうな海の見える素敵な部屋で、なんだか仕事に来た感じがしない。晴天。暑いけど、窓を開けると海からの風が心地よい。

Villa Marmarine(ヴィラ・マーマリン)

NGO「シキホールズエンジェル」代表・原田淑人さんが経営するシキホール島の宿泊施設。

船の中(撮影:有馬恵子)
シキホール島に到着(撮影:有馬恵子)

シキホール島に到着(撮影:有馬恵子)

ココナッツカレー風のシチューで実に美味い昼食をヴィラでとったあとは、早々に原田さんの車で調査へ。といっても、まずは島を見てほしいということで、島内の各所の名所やフィリピンで最も古いと言われている教会の一つ、「San Isidro Labrador Parish Church(サン・イシドロ教区教会)」や修道院「San Isidro Labrador Parish Convent(サン・イシドロ教区修道院)」なんかを見て回る。

案内された場所より、なにより気になったのは、途中の道路だったり、民家だったり、小さな町並みだったり、走っているバイクだったり。どこに行ってもそうなのだけど、名所旧跡のたぐいより、あるいは素敵な大自然より、ただの街や道のほうが、なんだか面白い。悪いクセかもしれないが仕方ない。早く音楽に出会いたいな~と、ぼんやり思う。

San Isidro Labrador Parish Church
(サン・イシドロ教区教会)

シキホール島にあるフィリピン最古といわれる教会の一つ。

San Isidro Labrador Parish Convent
(サン・イシドロ教区修道院)

アジア最大かつ最古の修道院。現在は1階が小学校、2階が博物館となっている。

サン・イシドロ教区教会とサン・イシドロ教区修道院(撮影:開沼博)

サン・イシドロ教区教会とサン・イシドロ教区修道院(撮影:開沼博)

そんな僕の心情を読み取ったのか 「次はスケジュールにはないけどサプライズですよ」。 大きなよく通る声の原田さんが、そう言って嬉しそうに僕らを連れて行ったのが「Basac(バサック)高校」だ。 山間の道を入って車が学校に近づくにつれ校庭に数十人の鼓笛隊が見える。 編成は男女混合30名ほどのスネアドラムにバスドラムとタムタム、それに十数名のグロッケン、こちらは女性ばかり。そしてバトンを持った女性ダンサー達20名ほどだ。 着くなり突然の演奏。 なんか聴いたことある曲だなと思ったら、マドンナの「マテリアルガール」をマーチにアレンジした演奏だ。 上手い下手はともかく元気で楽しそう。こちらまで楽しくなる。わ~~い。嬉しい。 フィリピンでは、こういった編成でお祭りでパレードをやるのがスタンダードらしく、ここでももうじき始まる島の独立記念日(シキホール州として独立した記念)のために練習しているという。

Basac(バサック)高校

生徒数400人の公立高校。

バサック高校の鼓笛隊(撮影:石川直樹)

バサック高校の鼓笛隊(撮影:石川直樹)

頭の中で、この子たちと音楽をやるとしたら、何が出来るのかをぼや~~んと考える。たとえばブラジルのリズムの出来る人に来てもらってワークショップをやったらすごい面白いかもなんて思うけど、でも、まてまて、慌てるなかれ。単に音楽の授業を楽しくしたり、いいもんを作ったりって目的で来ているわけじゃない。いったい自分たちは、これから子ども達とどんなことをやっていき、どんなネットワークを音楽を通して作っていけばいいのかを考えるところからはじめるのが、この調査の最初の目的だ。まずは、ここの子ども達の音楽の事情はどうなっているのかを聞いてみよう。

校長先生と英語で話す。フィリピンの人達は英語を使う人が非常に多い。ちなみにフィリピンの公用語はタガログ語と英語で、この島で話される母語はセブアノ語。島の人達はこの3つの言語を使う。 ここには音楽の専門の先生はいないそうで、指導出来る先生が手分けをしてマーチングのアンサンブルを作ったり、振付けをやっているそうだ。そんな話しをしてる中で、僕らに楽器の援助をしてくれないかという話しが出てくる。確かに楽器が不足しているのは見ていても分かる。でも今まで生きて来て、音楽を作ってくれと頼まれることはあっても、楽器の援助をしてほしいって話しはされたことはないわけで、最初は耳を疑った。でも、よくよく考えてみれば、僕らは国際交流基金(英語名はThe Japan Foundation)の調査で来ているって紹介されていて、そもそも校長先生もオレの事を交流基金の人間だと思っているふしがあって、だとすると援助を求めるのが道理ってもんだよなあ。 う~~ん、でも、なにかの助成をするための調査ではないんで、正直、この話しを中心にされるのはキツかった。

生徒達は他にもどんどん演奏してくれる。ほとんどはアメリカのここ何年かのヒットポップス。そんな中にシキホール州の曲「シキホール・ヒム」の演奏も。この曲は、その後いろいろな場所で聴く事になるこの島の歌で、メロディはヨーロッパの国の国歌の明るいバージョンといったら分かりやすいかな。アジア的なものではないけど、素敵なメロディ。おっと、うっかり「アジア的」って書いてしまったけど、それって何だ? こういう安易に出てくる言葉に僕らは注意深くあるべきだ。なぜならそれは偏見に基づいたステレオタイプだったりすることも多いからだ。「アジア的」については、あとでじっくり考えよう。

みんなこのマーチングをやってるだけで充分に楽しそうだ。 こんなに楽しそうに踊ったり演奏したりしてるのを見ると、なにかここに自分が付け加える必要なんてあるのかなって、ついつい思ってしまう。オレはなにか野暮なことをしようとしているんじゃないか? そんなことをするくらいなら、校長先生の言うように、援助のほうを考えた方がいいのかもしれない・・・、そんなことが頭をよぎる。

この間も石川さんは写真を撮り続け、開沼さんや有馬さんも熱心に様子を見ている。3人はどう思っているのかな。

セブアノ語

フィリピン中部のセブ州、ボホール州、ネグロス・オリエンタル州、ミンダナオ島西北部で主に話されている言葉。ビサヤ語とも言われる。

バサック高校の鼓笛隊(撮影:有馬恵子)

高校をあとにして、今度はシキホール州立大学へ。Maritime Transportation(海運コース)、Maritime Engineering(船舶工学科コース)もあるので、半分くらいの生徒はびしっとした制服を着ていて、日本の大学とはずいぶんイメージが違う。 目的はここの体育館で授業の終了後にやっているフィリピンの伝統的な舞踊の練習の見学。部活ってことだと思う。 ここには楽器が置いてある。あとで知ったのだが、フィリピンで2番目に大きい島、ミンダナオ島の楽器でクリンタン(ガムランで使われるボナンに似た金属製の小さなこぶ付きのゴングが8台並んでいるもの)に大きなゴング、そして大小の縦置きで使う皮が張ってある大太鼓。さっきの言葉をあえて使うなら「アジア的」な楽器だ。だれも来てなかったのでクリンタンを叩いて遊んでいたらいつのまにか人だかりが出来ていて、拍手をもらう。なんか、ここの人達はこういうところはとってもおおらかでノリがいい。キリスト教のルソン島を中心とした地域には古い楽器はほとんど残ってないそうだけど、イスラム圏のミンダナオではこういう楽器が残ってる・・・という説明を受ける。 早々に舞踊の練習が始まる。大きな竹を地面に平行に2本、両側に一人ずつ竹の持ち手がいて、リズムをとって竹をならしながら、2つの竹を閉じたり開いたり、その竹を器用にまたぐようにして、竹に挟まれないようにダンサー達が踊るのだ。フィリピンのヴィサヤ諸島各地で見られる代表的な踊りのひとつ。シキホールもビサヤ諸島の島のひとつだ。 2人の指導の先生が太鼓を叩きながら、学生達がいくつかの踊りを披露してくれる。 楽しい踊りだったけど、う~~ん、ここにオレは何をしにきてるのか、まだ見つける事が出来ないでいる。

シキホール州立大学にて(撮影:有馬恵子)

シキホール州立大学

島内にある4つのカレッジの中でトップレベル。学生数2,500〜3,000人。高校も併設する。民族ダンスの保存活動に積極的に取り組む。

マーチングバンド (撮影:大友良英)

そのあとは市役所に行って市長に挨拶。 ますます何しに来ているのかよくわからないなと思いつつも、島を訪問した以上は、これも礼儀というもんだよなと、自分を納得させる。

その後はヴィラにもどって夕食。このときにシキホールのギターオーケストラ「Lavena Comparsa(ラヴェーナ・コンパルサ)」が来てくれて演奏を披露してくれる。演奏者のほとんどは高齢の方で、あとを継ぐ人もほとんどなく、ほろびつつある伝統音楽だそうだ。ベースを担当するのはコントラバスのように大きな4弦のギター「バス」。この楽器がリズムの骨格をにないつつ、ギターやバンジョーのような形をしたマンドリンのような複弦楽器数種によるアンサンブルで、ちょっとメキシコのマリアッチを思わせる。このバスの演奏はやたらゴリゴリしていてかっこいいし、なんだか陽気な楽しい音楽ではある。やっている曲はマリアッチというよりは、スペインあたりの古い曲のようだったりアメリカの古いポップスのような曲が多い。にもかかわらず、僕らの感覚で言うと各弦楽器のチューニングが非常に甘くて、いったいどういうチューニングにしたいのかがよくわからないくらい、それぞれの弦の音程が四半音くらいはずれていて、リズムも全員で演奏する時はグルーブするけど、少人数になるとユルユルで、これが個性と言えば個性なのかもしれないけど、このへん、どう解釈していいのか。おまけに、また頭の中を「アジア的」なる言葉がよぎる。あ~~うざい。なんでオレは、初めて来たこの地で、昔から演奏している高齢の方達に対して、そんなことを考えてしまうのだ。素直に音楽を楽しめばいいではないか。調査という仕事で来ているのだって思うと、ついついなんらかの解釈をせねばと思ってしまい・・・なんか、メシ食ってる時まで、そんなことを考えちゃうのは不自由だよなあ。ついつい安易にくくってしまう「アジア」ってなんなんだ。自問自答していたら、いつのまにかメシを食い終わってしまい、演奏も終わっていた。メシと音楽くらい楽しめなくなったら音楽家も終わりってもんだ。いかんいかん。

「ラヴェーナ・コンパルサ」による演奏

その後、開沼さんは、この島の文化事情や、音楽事情を事細かに探ぐるべく、現地に住んでいる日本人のマツモトさんとセブアノ語が母語の奥さんの通訳で、シキホール在住の大学の先生Renalyn Bantawig(レナリン・バンタウィグ)さんとその友人のインタビューをはじめる。オレも後ろでそのやりとりを聞かせてもらう。社会学ってのはこうやって世界を見ていくんだなあ・・・なんてことに感心をしながらも、オレは疲れがピークに達してうとうとしていた。朝5時起きで、島中を巡った挙げ句、この時間にさらに調査インタビューをする開沼さんの異常な体力に本当に頭が下がる。すでに夜10時近い。別のテーブルでは石川さんがものすごい勢いで原稿を打っている。有馬さんは、開沼さんの取材を記録してる。吉岡さんはセブアノ語の通訳がうまくいかないときに、英語で助け舟を出してくれる。マークは遠くの席で、今日のお金の計算をしてるのかな。島の人のほとんどが寝てしまうこの時間に、みんなものすごく働いている。滞在出来る日数を考えると、こんくらいやらないと追いつかないもんなあ。今日はただいろいろなものを見ただけのオレは、なんだか皆に申し訳ない気持ちだ。

 

疲れた体で部屋にもどってPCを開けてみたもののネットは繋がらず。なんでここまで来てネットを繋げようとしているんだろう。 ベッドに倒れ込んで目を閉じると海の音に風の音、そしてなにかの動物の鳴き声が遠くから聞こえてくる。モーターの音も空調やPCの音も皆無。自然の音をこんなにちゃんと聴くのはいつ以来かな。波の音と風の音が立体音響システムでも聴いているように左右にパンニングする。輪郭と陰影のある、手を差し出したらさわれそうな、でも実際に手を出してみるとつかむ事の出来ない音。疲れている体にひたすら心地よい。その音に静かに揺られているうちにいつのまにか眠りについてしまった。

即興で演奏(撮影:石川直樹)

即興で演奏(撮影:石川直樹)