INTERVIEW

シキホール島

「ヴィラ・マーマリン」で働く女性3人

インタビュアー|開沼 博

シキホール島で滞在したホテル「Villa Marmarine(ヴィラ・マーマリン)」の経営者は、日本人の原田淑人(はらだ・よしと)さんだった。原田さんは36年間の小学校教師生活を経て、この島に移り住み自らホテル経営を始めた。日本や欧米から訪れる宿泊客にこの島の魅力を紹介し、宿泊料の売上の一部を学生の奨学金にし、学生や、大学を出ても就職先が見つからない若者を住み込みスタッフとして受け入れてもきた。
ホテルのスタッフは交代で洗濯や食事の用意、部屋の掃除などを担当する。学生のスタッフが学校に行っていて静かな昼間、残るスタッフに話を聞いた。

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シキホール(Siquijor)

シキホール島は、フィリピン中部のヴィサヤ地方に位置する面積343.5㎢、人口約9万人というフィリピンで3番目に小さな州である。珊瑚礁やマングローブに囲まれた自然豊かな土地には多くの蛍が生息することでも有名で、16世紀にフィリピンに入植したスペイン人は、その蛍の多さからシキホール島を「Isla de Fuego」(火の島)と形容したとも言われている。また、島内ではキリスト教と土着の信仰が融合した「魔術」が継承されており、フィリピンの人々からは「魔術の島」として知られている。

インタビュー風景(撮影:大友良英)
インタビュー風景(撮影:大友良英)

──まず自己紹介をして頂けますか。

サリー|Sally(サリー)といいます。20歳です。大学を今年の4月に卒業したばかりです。小学校は6年、高校は4年間。でも今のカリキュラムでは高校は6年間になりました。だから今は大学を卒業すると22歳です。

ジョアナ|Jhoanna(ジョアナ)19歳です。短期の大学を去年卒業しました。

フローデリズ|Flordeliz(フローデリズ)です。サリーやジョアナよりプラス20歳。今月でちょうど38歳になりました。

──皆さんはシキホール島の出身ですか?

全員|そうです。

──大学での専攻は?

サリー(撮影:石川直樹)
サリー(撮影:石川直樹)

サリーシキホール・ステート・カレッジ(シキホール州立大学)の小学校教員養成課程を卒業しました。専門がある高校の教員と違って、小学校の場合、英語、数学、科学など全部教えますので専門はありません。ちょうど最近、小学校教職資格試験を受けたところで、結果待ちです。

ジョアナ|私の専攻は農業経営です。植物の植え方や栽培についてと、農業をビジネスとしてどうマネジメントするかということを勉強しました。でも基本だけです。シキホール州立大学では設備が足りないので2年間しか勉強できませんでした。ドゥマゲテで勉強できたら3年か4年に進級できると思うんですが。なので、カレッジを卒業しましたが学位ではなくて証明書なんです。

ドゥマゲテ

フィリピン中部の中部ヴィサヤ地方に属するネグロス・オリエンタル州の州都。面積は34km²、人口は約10万人。市内には、シリマン大学、フォンデーション大学、セントポール大学、ノース大学など規模の大きい大学がある。

フローデリズ|私は高校までです。卒業して10年間くらいマニラのレストランで働いていました。そこで主人と出会ったのでシキホールに戻りました。こちらの方が物価が安いし、空気が新鮮です。マニラはゴミゴミしていて……。海も汚いし……。

──なるほど。ここではなかなかいい仕事がなくて、失業している人も多くいると聞いています。皆さんの周りのお友達はどんな仕事につきたいと思っていますか?

サリー|大学のクラスメイトの友だちが多いので、私と同じように小学校教員になりたい人が多いですね。

ジョアナ|私は自分の家でやっている農業のために勉強してきました。でも友人の多くはマニラとかセブみたいな都会で働きながらもっといい仕事を探しています。そういうのが一般的です。海外に行きたがっている子もいます。外国で働くということです。

──フィリピンは英語が公用語なこともあって、海外への出稼ぎも多いわけですよね。自分も行きたいとは思わない?

ジョアナ|私は、いろいろなことを学びに外に出たいとも思いますが、まだ若いからとりあえずは、ここに残ります。

サリー|私も同じです。

──ここで働いて何年くらいになりますか?

フローデリズ|7年です。

サリー|私は4年間。

ジョアナ|私は3年間。

フローデリズ|私は彼女達のお母さんみたいなものです。

──住み込みで働いている若い人たちにとっては頼りになるでしょうね。皆さんは普段どんな音楽を聴いていますか?

フローデリズ|好きなのは、もちろん、フィリピンの音楽(OPM)。外国の音楽も好きですけどね。テレビやインターネットから情報を得て、今何が流行っているのかを知ります。

ジョアナ|私も同じです。

サリー|私が音楽を聴くのはリラックスしたいときとか、何かつまらなくて気分転換をしたい時かな。ラジオか携帯で聴きますね。

──仕事中は聴けないですね。

フローデリズ|そうですね。それが残念です。聴けるのであれば仕事中でも音楽を聴いていたいです。

ジョアナ|音楽を聴くと仕事がどんなに大変でも、問題や疲れを忘れられます。

──ライブとか生演奏を聴く機会はありますか?

フローデリズ|週末の夜にはライブバンドの演奏もあるのでよく行きます。学校や仕事がないのでエンジョイできます。

──それはどこで演奏があるんですか?

フローデリズ|レストランみたいなところとか、バーとか。そういったところはシキホールにもあるし、サン・フワンにもあります。毎週金曜日がサン・フワンで、土曜日がシキホール。フィエスタ(祭)のときはディスコもオープンします。

──ディスコはフィエスタのときだけ開催されるんですか?

サリー|そうです。毎日はやっていません。

──そのディスコは屋外ですか?

全員:そうです。

ジョアナ|ディスコには、スピーカーと照明があって、あとDJがいます。DJは音楽のミキシングをします。

サリー|シキホールにもDJがいるんです。

フローデリズ|でも、時々バンドを招待してドゥマゲテやセブのDJが来ます。その人たちは人気があります。

──楽しそうですね。エントランスフィーはいくらですか?

サリー20ペソか30ペソです。バンドが入るなら30ペソですが、ディスコ音楽だけなら15〜20ペソです。ディスコには100人以上集まります。

ジョアナ|ディスコではお酒も飲めます。テーブルもあって、使うならチャージを払います。50〜100ペソです。テーブルに座ったら、飲み物を頼まなければなりません。

──飲み物はいくらくらいですか?

フローデリズ|ビールの大瓶が90ペソくらい。小瓶は25ペソ。フィリピン人は沢山飲みますよ。でも私は1杯飲んだだけでも踊るのが楽しくなります。

──ディスコで踊っている人たちの男女比は?

サリー|半々です。

フローデリズ|大体そんなところだと思います。年齢層は若者の方が多いと思います。高校生とか。ディスコのオーガナイザーはもっと年上で、この村の役人とかです。選挙で選んだ人たち、たとえば助役とか村長とかそういう人たちがイベントの管理をしています。今度10月4日にフィエスタがありますが、やはり役人がイベントの管理をしています。

──役人がやると真面目にならない?

フローデリズ|楽しいですよ。マニラの歌手も呼んだりします。そうすると入場料も沢山とれますしね。

──なるほど。ディスコで男女の出会いとかあるんですか?

ジョアナ|あります。

フローデリズ|そんなこともありますね。

──どういう人がモテるんですかね?

フローデリズ|人によって違うと思いますが、私にとっては優しいのが一番です。でもカッコいいなら鼻が高いとか……。あと、目がカワイイ、あなたみたいに目が小さい(細い)人。(笑) 私たちは目が大きくて鼻が高くないから。

──ディスコにはどれくらいの頻度で行きますか?

ジョアナ|フィエスタがあれば必ず。

フローデリズ|各地域(バランガイ)ごとに年に1度フィエスタがあります。

ジョアナ|だいたい1ヶ月に2つのバランガイでフィエスタがあるので、自分が住んでいるところから近ければ、そこのディスコに行きます。

──それは頻繁ですね。昨日、私たちは夕食の時に、この地域で長く音楽活動をしているバンドの方たちの演奏を聴きました。結構、年配の方たちでしたが、どう思われましたか?

ジョアナ、フローデリズ|わたしたちは仕事で聴けませんでした。

サリー:私は聴きましたが、あまりないライブだったので楽しめました。伝統的な古い音楽で、楽器も良かったですね。

──なるほど。みなさんは楽器は弾くんですか?

全員:いいえ。

フローデリズ|私は音楽は好きですけれど、音楽が私のことを好きじゃないみたいで(笑)。歌は好きですけれど、いい声ではないし……。

──そんなことないでしょう。人前で歌うことは?

フローデリズ|ないです。家にミニカラオケがありますし。

──家にカラオケあるんなら十分じゃないですか。

フローデリズ|CDプレイヤーとテレビのセットがあって、家族とは歌いますが、他の人とは……。恥ずかしいです。

ジョアナ|私も家でなら歌います。

──友だちと出かけたときに、新しい曲を歌ったりはしない?

サリー|歌います。今流行っているのは……。「Roar(ロアー)」は有名な曲だと思うけれど。アメリカの曲です。Taylor Swift(テイラー・スウィフト)が歌っているような曲です。

フローデリズ|私が若いころには、Michael Learns to Rock(マイケル・ラーンズ・トゥ・ロック)とかAir Supply(エア・サプライ)が好きでした。今でもカラオケでその人たちの曲を歌うのが好きですね。

──OPMと海外の曲とどちらを聴く機会が多いですか?

ジョアナ|私は半々かな。

フローデリズ|私はフィリピンの曲ですね。歌の意味が直接伝わってくるから。ただ、最近の曲は流行り廃りが早くて、ある歌手の人気が出たなと思ったら、すぐに人気がなくなって、代わりが出てくるという感じです。でも親の世代の曲、たとえばMatt Monro(マット・モンロー)Eddie Peregrina(エディー・ペレグリーナ)の曲なんかは今でもラジオで聴いています。

ジョアナ|私は歌詞の意味がわからなくても楽しんでいます。

サリー|「Wrecking Ball(レッキング・ボール)」という曲は誰が歌っているんだっけ?

ジョアナMiley Cyrus(マイリー・サイラス)です。彼女の曲はすごいよね。

サリー|でもその曲では、ちょっと際どくなかった?

フローデリズ|ミュージックビデオで裸だったからね。

──そんなのがあるんですか(笑)色んな曲があるんですね。最新の音楽はテレビやラジオで知るということでしたね?

ジョアナ|ラジオはFMの番組を聞くことが多いですね。

フローデリズ|音楽はFM、ニュースとかトーク番組なんかはAMという感じです。

──テレビは?

ジョアナ|「Show time(ショータイム)」というテレビ番組には音楽があります。日曜日にも別の人気音楽番組があります。

サリー|私は「ABS-CBN」のテレビ番組をよく見ます。

フローデリズ|ケーブルテレビがあれば、色々な音楽チャンネルがあるんですが、この島の人たちでケーブルテレビを持っている人は多くはありません。だから私たちが見られるのはABS-CBNを含めて3つのチャンネルだけです。ABS-CBNはいい音楽番組がありますし、30分のニュースや映画、ダンスの番組とか、沢山あって楽しめます。

──そうなんですね。お金を払って音楽を買うということはありますか? CDとか携帯電話で。

フローデリズ|買うときはあります。ただ、ここにはwifiがあるので、私は無料でダウンロードできるものを聴くことが多いです。

──携帯電話でダウンロードするんですか?

フローデリズ|そうです。CDは、法律で禁止されているけれど海賊版を買う人が多いですね。

──シキホールにはCDを買えるところがある?

フローデリズ|CDショップがあります。海賊版は安いんです。1枚35ペソ。3枚100ペソというときもあります。

──そうなんですね。この近くで大きなCDショップやデパートがある町となるとドゥマゲテになるでしょうか。ドゥマゲテにはどれくらいの頻度で行きますか?

フローデリズ|私は会社の仕事の関係で年に6回くらい行きます。リゾート関係の書類の作成があるので。セブ島にもよく行きますが同じ理由です。ボートの許可証を取りに行くんですね。旅行でドゥマゲテに行くのは1回程度です。

ジョアナ|私は数年に1回くらいかな。

──なるほど。基本的には島の中で生活が完結するんですね。では、仕事がないときはどのように過ごしていますか?

サリー|私は家でいろいろとしなければならないことがあるので、休みの日はただ休むだけです。お金がないので友だちとショッピングはできません(笑)。家事をしてることが多いですね。ただ、休みは週に1回なので足りません。

フローデリズ|私は家族がいるので、休みの日は子どもと遊んだり、勉強させたり、家庭でやらなければならないことをしています。時間があれば、一緒に歌を歌います。
それから、日曜日は家族と教会に行くんです。カトリックなので教会へ行って、その後に他のことをする感じです。
全部一日でやらなければならないので大変です。

サリー|そう。日曜日は家族の日なんです。

ジョアナ|私も6歳の妹がいるので、彼女の面倒を見てあげなければなりません。

──そうなんですね。子どもたちとどんな歌を歌いますか?

フローデリズ|OPMとか、タガログ語の歌とか、あと英語の歌も歌います。先ほど好きだといった、エア・サプライやマイケル・ラーンズ・トゥ・ロックの曲のこともありますよ。

ジョアナ|同じです。OPMと外国の曲を歌います。好きな歌はよく聴いて、歌い方を勉強します。

──日本だと子守唄といって、昔から歌い継がれてきた歌を子どもに歌ったりするんですが、こちらではもっとポップスに近い歌を歌っているようですね。シキホール島で「伝統音楽」といえば何でしょう?

ジョアナチャチャとか、ビサヤの音楽もそうです。

フローデリズ|フィエスタがあるとわかれば、どんな曲が演奏されるのかをまず調べます。

──そこで「伝統音楽」だとあんまり行く気しない?

フローデリズ|はい。最近の世代は伝統音楽はあまり好きじゃないと思います。人気があるのはやっぱり新しい音楽です。

サリー|チャチャは、年配の人たちが集まる音楽っていうイメージ。私はそういう曲に興味ないかな。

ジョアナ|でも、私はチャチャも好き。

──面白いですね。ちょっと話を変えてみますね。伝統が崩れる、若者がそこから離れていくっていうのは避けられないことだと思います。最近はシキホールでバイクに乗っている人が増えて、観光開発が進みつつあるようですが、ここが都会になっていくことをどう思っていますか?

フローデリズ|私が小学生のとき、30年くらい前ですが、車はこの島に3台しかありませんでした。村でバイクを持っている人も1世帯しかありませんでした。今はほとんどの家にバイクがあって、車を持っている家もいくらでもあります。私は高校を卒業するまで通学は4km、歩いていました。でも今は自転車がありますから、そういう子どももいなくなりましたよね。

ジョアナ|学生によっては、バイクで行く人もいます。

サリー|本当に変わりました。

フローデリズ|私が子どものときには、家にテレビはありませんでした。

ジョアナ|電気もね。

フローデリズ|電気が来たのが高校2年生のとき。そして私が働いて、家族にテレビを買ってあげました。それは村で最初にやってきたテレビでした。白黒でしたけれど(笑)。でも今は、家にもフラットスクリーンのテレビがあります。

サリー|どんな小さな家にもテレビはありますね。

フローデリズ|そして冷蔵庫。当時は持っていない家が多かったですから。家でアイスキャンディーが食べられるようになったのが嬉しかった。でも、今はどの家にも冷蔵庫はあります。そうでしょ? それでみんな幸せって感じていると思います。

ジョアナ|そうそう。

フローデリズ|だからどんどん良くなっていると思いますよ。

──でも、マニラみたいになってしまうかもしれませんよ。フィリピンの人は地元からマニラに行っても、仕事さえあればいずれ帰ってきたいと思っている人が多いって聞きました。

フローデリズ|そうですね。家族と一緒に暮らしたいという人が多いです。開発について、これは私の意見ですが、うまくコントロールをすべきだと思っています。ボラカイのようにはしたくないんです。人もゴミも多い。

ジョアナ|平和に暮らしたいです。

フローデリズ|私たちは、ビジネスをしていたり役人をしていたりするわけではなく、ごくごく普通の庶民なんです。これまで地域の姿が変わってきても、普通の人たちの生活はずっと同じです。

──ほう。

フローデリズ|シキホールが発展すれば、色々な観光客が訪れて、物価も上がります。でも、地元の人はいつまでも地元民なので、お金を稼げないんです。ビジネスをしている人だけがお金を持っている。この島にビジネスがないので。普通の人たちにとっては、それはいいことではありません。実際、魚の値段も上がりましたし。

──なるほどね。ここは難しい問題ですね。もう少し軽い話をしましょうか。フローデリズさんはもう関係ない話になってしまいますが、何歳くらいで結婚したいと思いますか?

サリー|ヤバい!(笑) 私はやりたいことの夢がかなえば。

ジョアナ|私は5年後くらいかな。

フローデリズ|開沼さんがあなた達に旦那さんを見つけてくれるかもしれませんよ(笑)

──(苦笑)・・。あれ、サリーさんは兄弟はいるんでしたっけ?

サリー|はい。5人姉妹です。シキホールにいるのは私と妹2人の3人で、姉2人はマニラにいます。1人はシングルマザーです。姉たちはマニラに住んでもう10年くらいたちます。でも休みがあればシキホールに戻ってきています。

フローデリズ|ほとんどの人はシキホールを出て仕事を探します。ここには雇用をつくる工場がありませんから。

ジョアナ|私は弟が2人います。妹も1人。私が長女です。

──親御さんは何歳くらいですか?

ジョアナ|母は2年前になくなりました。生きていれば46歳です。父は44歳です。実は父がここでドライバーとして働いていて私もここで働いています。

──運転手さん! あー似てる! 小さい兄弟の面倒もみているんですね。農業経営を学んでいるということでしたが、海外で働くことも考えているんですか?

ジョアナ|はい。たぶん日本に農業研修生として。チャンスがあれば行きます。私は家族を助けたいからです。私が母親役なので。ガンバリマス!(笑)

──最後の質問ですが、今欲しいものは何かありますか?

サリー|よりよい生活のための機会やチャンス、です。そして他の人の力になりたい。

ジョアナ|よりよい仕事を得たいです。できるなら、これまで学校で勉強してきたことに関係した仕事を。

フローデリズ|私は結婚して子どももいますから、子どもたちの将来のために、勉強をしっかりと終わらせてほしいと思っています。私よりもよりよい人生を……。それが私の夢です。

オロンガポ

孤児院「ジャイラホーム」で暮らす女の子たち

インタビュアー|開沼 博

オロンガポはかつて米軍基地があった地域だ。基地の周りには、米兵とフィリピン人の間にできた子など、ストリートチルドレンがあふれていた。
この孤児院「ジャイラホーム」は米軍の婦人会や教会などその保護活動をする人々からの資金協力のもと、1979年にはじまった。現在、7歳から18歳までの子どもたち29人がここで暮らす。街からは車で1時間ほど離れた田舎にある。それはこの施設を始めたジョエル牧師が、悪い誘惑から離れた場所で教育したいと考えたからだ。
この施設で暮らすMaria Teresa Carreon(マリア・テレサ・カレオン)と Gerlyn B. Licaros(ジャーリン・B・リカロス)に話を聞いた。

olongapo map

オロンガポ(Olongapo)

オロンガポは、ルソン島中西部のサンバレス州の都市で、スービック湾に面したスービック経済特別区と合わせてオロンガポ大都市圏を形成し、人口は約22.1万人にのぼる。町の北北東約75km先にはピナトゥボ山が位置し、1991年6月の大噴火によってオロンガポを含む周辺地域は大きな被害を受けた。また現在経済特別区となっているスービックには、1991年11月の返還までアメリカ海軍基地が置かれており、ベトナム戦争等においてアジアにおける重要な軍事拠点として機能していた。

オロンガポ市内
オロンガポ市内(撮影:開沼 博)

──まず、いつごろこの施設に来たのか教えてもらえますか?

マリア・テレサ|2011年に来て、今、14歳、中学3年生です。ターラックという、ここから車で2時間半から3時間くらいかかるところの出身です。

ジャーリン|私は2010年からで、15歳になります。中学1年生です。私の出身は米軍、白人向けのエリアの近くです。弟も一緒にここへ来ました。

年齢はジャーリンの方が上だが、学年がマリア・テレサより2つ下だ。年齢と学年が合っていないことはよくあるという。たとえば10歳から小学校に通い始めたら、そこから1年生。当然、この孤児院のような施設に皆が入るわけではない。十分に教育を受けないまま、生きるために仕事をはじめる子どもたちも多い。

──ここでの生活で楽しいことはありますか。趣味はある?

マリア・テレサ|歌うことです。特にラブソングが好き。アメリカンソング、OPMもどちらでも。ラブソングを歌うと気持ちが入るんですよね。

ジャーリン|私は歌うことと絵を描くことが好きです。好きな曲は聖歌かな。

──男の子の間では何が流行っているのかな?

ジャーリン|バスケットボールかな。でも、やっぱりみんな音楽が好きですね。

──そうなんだ。よかったら、何か歌えない?

マリア・テレサ|歌はなんでもいいなら・・じゃあ、聖歌で。Beautiful Savior (ビューティフル・セイビアー)にする? それともアメージングにする?

ジャーリン:ビューティフル・セイビアーで。


[ビューティフル・セイビアー (曲の日本語版歌詞)]
イエス、救い主、栄光の神、生きる君
聖なる子羊よ、贖い主、希望の星
天地は叫び
御前に伏し、崇める

主はなんと愛しい
御名を誉めよ、高らかに
主はなんと素晴らしい
貴い誉むべき御名、イエス

──すっごく上手いですね。いい歌。この聖歌はどこで習ったんですか? やっぱり教会?

マリア・テレサ|そうです。教会で習いました。

──教会で歌う時は伴奏がつくと思うんですが、どんな楽器がありますか? 日本だとオルガンだけですが。

マリア・テレサ|ピアノとギター。ドラムもあります。

──じゃあ、そういう楽器を弾ける人も多いんですね。

マリア・テレサ|はい。私はギターが好きで、ちょっとだけ弾けます。学校でもギターとかドラム、ベース、エレキギターも流行ってます。みんな教会で練習してます。

フィリピンのプロテスタント系の教会にはだいたいのところにバンドセットが置いてあるという。一方、フィリピンは日本ほど一般家庭に楽器が普及しているわけではない。楽器が置いてある教会は楽器の練習をしたい子どもたちにとっては重要な存在だ。この施設を支援する団体が、プロのジャズギタリストやボイストレーナーを呼んで子どもたちと演奏する予定もあるそうだ。

──音楽以外で学校で楽しいことはありますか? 得意な教科とか‥

マリア・テレサ|クラスメイトと話すことが楽しいかな。好きな教科はフィリピンの歴史です。

ジャーリン|私は英語。あと、最近、学校でレタリング(刺繍)が流行っています。名前とかをレタリングするんです。

──日本でも刺繍が趣味の人はいるね。将来、何をしたいですか?

マリア・テレサ|警察官になりたいと思っています。空手を習っているので。この施設に先生が来てくれて、稽古をはじめたのが2010年からだからもう4年くらいになります。まだオレンジ帯ですが。刑事学科のある大学に行って勉強したいと思っています。

ジャーリン|私も空手を3年ぐらいやっています。でも将来は建築士になりたい。家の設計図を描くことに憧れています。今、ヘアカットの勉強もしているんですが、絵を描くのも好きで、デザインみたいなことをしてみたいんです。

──なるほど。実は、ここに来る前に他の地域の大学に寄ったんだけれど、そこでも警察官になるための勉強をしている学生がいました。それも女子学生が多くいました。

マリア・テレサ|警察官になりたい人は私の周りにも結構います。

フィリピンの人々にとって警察は汚職と結びつけて語られることも多い。ただ、子どもたちにとっては憧れの職業の一つだ。実際、街の警察官も子どもたちには優しいという話も聞いた。

──普段の生活について聞かせて下さい。キリスト教のお祈りも毎日するんでしょ?

マリア・テレサ|1日5回。起床時と就床時、それに3度の食事の前です。

──ここはプロテスタントの教会ですね。カトリックが大多数のフィリピンでは少数派でしょう。ここに来てからプロテスタントになったんでしょうか?

ジャーリン|そうです。その前はカトリックでした。

──フィリピンにおいて、カトリックとプロテスタントでなにが違いますか?

マリア・テレサ|カトリックには、マリアとか神の像、ステンドグラスとかが沢山ありますが、プロテスタントはありません。十字架と聖書だけです。

──なるほど。教会で歌ったり踊ったりもするんですね?

ジャーリン|披露会のときに聖歌を歌うことはあります。聖歌にはストーリーがあって、そのお話しに沿ったダンスや劇をやることがあります。

──それはミュージカルみたいなもの?

ジャーリン|そうです。

──なるほど。教会以外でも音楽を聴くことがあるんでしょうね。普段聴いているアメリカンソングとかOPMとかのポップスで好きな歌とかグループはありますか?

マリア・テレサCurse One(カーズワン)です。フィリピン人のラッパーです。テレビなんかでラップ対決とかもやっています。今、有名なのは、Abra(アブラ)Smugglaz(スマグラーズ)です。ラップは、歌詞がカッコいいのがあるから好きなんです。

ジャーリン|学校でも流行っています。特に男子生徒の間で人気。自分でラップをする子もいます。ここの施設でもジェネシス君が上手ですし、私のクラスメイトでも出来る子がいます。

──教会で聞く以外には、音楽を何で聞いているの? ここにはテレビとかラジオはありますか?

ジャーリン|あります。お母さん(スタッフ)がテレビを持っていますけれど、授業がない日だけ見られます。ラジオはありません。

──携帯電話は?

マリア・テレサ|ありません。

ジャーリン|以前はここで携帯電話を使えましたが、今は禁止されています。ボーイフレンドがいた子たちのせいです。おしゃべりし過ぎて、その子たち成績が下がったんです。

──それは残念でしたね。将来の夢が叶えられるように、勉強頑張ってください。

オロンガポ

盲ろう学校に通う2人の青年

インタビュアー|開沼 博

そこに着くと、早速「プレゼンテーション」が始まった。「プレゼンテーション」というから、スライド発表でもはじめるのかとも思ったけれど、内容は歌と踊り。目の見えない子も耳の聞こえない子も混ざって、バンド演奏や手話を交えた踊りが繰り広げられる。曲はポップスが多い。他にも何組かの訪問者がいたが、特に歌はとても上手で飽きさせられない。「プレゼンテーション」が終わると食事の時間。給食のスパゲッティナポリタンみたいなパスタとフライドチキン、それに紙パックのフルーツジュース。子どもたちはプレゼンテーションよりもその後のこちらを楽しみにしているのかもしれないようにも見えたり。食事の最中、人形が配られた。恐らくどこかから寄付されたものだろう。ちょうど日本のUFOキャッチャーで取れるような大きさの人形が1人ずつに配られてみんな嬉しそうに抱きかかえている。日本ほど障がいのある子ども向けの教育機関が充実しているわけがない。家族も家の中に囲い込んでしまって社会に触れさせない場合も多いという。ここで子どもたちは、美容師、マッサージと並んで、音楽を学ぶことができる。それは未だホテルなどでの生演奏の文化があるフィリピンにおいて、目の見えない子が社会に出て食べていくための手段となるからだ。

食事の時間
食事の時間

──早速インタビューを始めたいと思います。名前と年齢を教えてもらえますか?

ジャンヴィー|John Vincent Gatpandan(ジョン・ヴィンセント・ガッパンダン)、14歳です。みんなからはジャンヴィーと呼ばれています。

チャーリー|Carlos Samson, III(カルロス・サムソン・三世)、23歳。ニックネームはチャーリーです。

──ここに来る前はどこにいましたか? それから、ここに来て何年くらいになりますか?

ジャンヴィー|僕は赤ちゃんのとき……。11ヶ月でここに来ました。

チャーリー|僕はバターンで、施設じゃなくて、家で暮らしていました。

ジャンビー
ジャンビー(撮影:有馬恵子)
チャーリー
チャーリー(撮影:有馬恵子)

──音楽を始めたのはいつ頃?

ジャンヴィー|僕は6歳から。ドラムは4年間くらいやっています。

チャーリー|7歳のころから。ただ好きで、やりたかったんです。それからどんどん音楽にのめり込んでいきました。今はキーボードも勉強しています。

──ジャンヴィーはここの学校だけではなく、外の学校にも通っていますね。それでいつ、音楽の練習をするんですか?

ジャンヴィー|はい。外部の盲学校に通っていてもうすぐ中学2年になります。音楽の練習は放課後にしています。ほとんど毎日、歌やドラムの練習をしています。

チャーリー|普段は1人ずつ楽器の練習をしたり、バンドの時はみんなで集まって演奏します。今はリサイタルの直前なので、特別に先生が1人ずつ見て回ってくれています。

──なるほど。プロの先生に習っているからあんなに鍛えられているんですね。普段はどうやって音楽の勉強をしているんですか?

チャーリー|テレビを見て勉強しています。歌のオーディション番組があって、一般の人が歌ってそれに審査員がアドバイスをする。そのコメントを聞いて、実践しているんです。

──へぇー、すごいですね。日本でもそういう番組はありますが確かにそれは勉強になりそうですね。好きな曲のジャンルはありますか?

チャーリー|ロックです。でも、歌える曲は何でも好き。アメリカンソングもOPMも両方好きです。

──一番好きな曲は?

チャーリー|Ipakita Mo Yung Tunay Ikaw(Show the real you.)

ジャンヴィー|沢山あって選べないです…。あ、でも一つありました。Pusong Bato(Opposite Worlds)

──自分で作曲してみたりは?

チャーリー|やっています。今も一曲つくっていて、詩にメロディーをのせているところです。この曲はリサイタルで発表します。

──歌ってもらうことはできますか?

チャーリー|僕らのオリジナルソングですか?

──そうです。

チャーリー|いいですよ。


[日本語訳]
<タイトル:Wala namang tayo(日本語訳:僕らがいないから)>
何を思えばいいんだろう。
何を探せばいいんだろう。
何をすれば、何を言えばいいんだろう。
君は今何を探しているの?
本当の僕はどうあるべきだろう。
「僕ら」がいないとき、何を信じればいいんだろう。

──これは自分の体験がベースになっているんですか?

チャーリー|そうです。自分の失恋体験です。

──これからも作曲をし続けていきたい?

チャーリー|はい。将来は歌手に曲を提供できるようにもなりたいです。

──音は何で聞いているんですか? CD? DVD? それとも他の手段?

チャーリー|CDとMP3です。CDはおじさんやいとこからもらっています。それをみんなにコピーしてあげています。海賊版は音が悪いんです。

──憧れのミュージシャンは?

チャーリー|ロック系だとBamboo(バンブー)です。今、とても人気があります。アメリカ人アイドルのDemi Lovato(デミ・ロバート)も好きですし、Michael Bublé(マイケル・ブーブレ)もいいなと思っています。

ジャンヴィー|僕はBasil Valdez(バシル・バルデス)。フィリピンの音楽の方が好きなんです。クラシックやジャズも嫌いじゃないんですが、少ししか知りません……。

──いやあ、十分詳しいんでしょう。学校でも友だちと音楽の話とかをする?

ジャンヴィー|はい。音楽について、みんなから聞かれます。

──そうでしょうね。プロのミュージシャンになりたいですか?

ジャンヴィー、チャーリー|はい。

──そのためには何が必要だと思っていますか?

チャーリー|声を維持することとか、オーディションに行くとかです。もちろん作曲も続けます。

ジャンヴィー|僕はオーディションとかは苦手だけど頑張ります。