ハノイ・コレクティブ・オーケストラ

ハノイ・コレクティブ・オーケストラ

2015年1月、ベトナムへ向かった。
ベトナム航空で北の玄関口ハノイへ、そしてそのまま飛行機でフエへ。フエは世界遺産でもあり観光地でもあるのだが、王宮の周辺にはベトナム戦争時の大砲や戦車が、がれきの残骸などとともに残されている。朱印船貿易が栄えたころのフエには日本人街があり、日本の商人の小さな墓はみな日本の方角を向いていたという。

その後、フエの近郊にあるホイアン、ダナンに向かう。ダナン近郊はドンソン文化、チャンパ王国が栄えた地である。チャンパからは、林邑楽(りんゆうがく)と呼ばれる音楽と舞踊が琉球王国を通して奈良時代の日本に伝わっており、雅楽の原型になったと言われている。チャンパ王国を築いたチャム族は優れた航海技術を持っており、青銅でつくられた銅鼓は、交易ルートを通して東南アジア全域に広がった。私たちがインドネシアで見たガムランも、ドンソン文化の青銅技術やチャム族の航海技術なしには生まれなかったのかもしれない。

同時に、チャンパ文明の遺跡と言われる場所はベトナム戦争の激戦地でもあった。私たちも、フエからホイアン、ダナンへの道すがら、壮絶な攻防戦があったという場所をいくつも通り過ぎた。

 

飛行機でハノイへ。夜、ニャーサン・コレクティブ(Nha San Collective、通称ニャーサン)を訪ねる。ニャーサンは、1998年にグエン・マイン・ドゥック(Nguyen Manh Duc)さんとチャン・ルオン(Tran Luong)さんが立ち上げたインディペンデントなアートスペースで、現在はドゥック氏の娘のグエン・フオン・リン(Nguyen Phuong Linh 通称リン)さんやトゥアン・マミ(Tuan Mami 通称マミ)さん等の若い世代が中心になって運営している。商業ギャラリーではなく、あくまで実験的なアート企画を自主運営しているハノイでは希少な場所で、展示だけでなく、音楽やダンスなどのパフォーマンスも頻繁に行われているらしい。その日の夜はエクスペリメンタル・ミュージックのライブイベントを行うということで、市街中心部の奥まった場所にある狭いギャラリーの会場は、50人ほどの客であふれていた。会場には、ハノイのもうひとつのインディペンデント・アートスペース「マンツィ・アート・スペース(Manzi Art Space)」のチャム・ヴー(Tram Vu)さんや国際交流基金のフオン(Huong)さん、河井さんも来ている。ごったがえす人ごみの中でフオンさんがチャン・ルオンさんやリンさんを見つけて私を紹介してくださった。この日の夜に出会った人たちは、音楽イベントらしい楽しげな雰囲気の中にありながら、目の奥はどこか独特の色合いを帯びていた。というのも、イベントはすべて当局の許可が必要だそうだが、この手のイベントは無許可で行われることも多く、しばしば当局により中止もされるらしいのだ。

この日の夜出会った人たちと、ハノイでオーケストラをやりたいと思った。そのためには当局の許可が必要になるし、ベトナムでそれをやることの難しさがあるのも承知している。日本の公的機関が主催する企画であること、ハノイで一緒にやる人たちに迷惑をかけないことを考えると、ニャーサンのようなインディペンデントなスペースでやることにも問題がある。けれども方法はあるはずだ。この日のライブを聴きながら、次はハノイでオーケストラをやることを考えていた。

2015年4月、ハノイへ向かった。
朝、ホテルの前の通りは行商人たちが盛んに行き交い、切れ間なくモーターバイク、車が行き交っている。一歩外へ出ると、ホテルの周りはさまざまな素材を売る旧市街(問屋街)だった。ホテルの隣は竹屋でさまざまな太さ、長さの竹が整然と建物の壁に沿って並べられている。竹はアジア域内に広く自生しており、高層建築の建設現場の足場が竹で組まれるのも珍しいことではない。竹は固さと柔軟さを備えており、軽く持ち運びも容易であることから、建築資材としてはもちろん、楽器、日用品にいたるまで、あらゆるところに多用されている。

足下で、いきなりすごい音をたてて派手に火花が散るので、あわててよける。歩道はここでは歩く場所ではなく、作業をする、ものを売る、あるいは食べたり飲んだりする場なのだ。やむなく車道の端を歩くことに。車道も恐ろしいが、背に腹は替えられない。金属屋、プラスチック屋、台所道具屋、おもちゃ屋……。さまざまなお店が入ったタウンハウス(長屋)の町並みが続く。

ふと、この街にある材料で「楽器」がつくれないだろうか、というアイデアが浮かぶ。これまで、フィリピンやインドネシア、タイで、音楽を演奏した経験がない人とオーケストラをやろうとしても、そのたびに楽器がないという壁にぶちあたるのが常だった。しかし、この街の中にあるものを集めて、組み合わせれば、楽器のようなものがつくれるかもしれない。材料と、加工する技術は街にあるのだから、地元のアーティストなどの力を借りてアイデアを出し合えば、日常の素材を使って楽器をつくるワークショップが開けるのではないか。そうすれば、気軽に地元の人に参加してもらうことができるかもしれない。

2015年8月、ふたたびハノイへ向かう。
実は当初6月に予定していたオーケストラの企画が、さまざまな事情により延期となり、あらためて9月に実施することになったのだ。アクシデントも重なり、一時はどうなるかと思ったけれど「災い転じて福となす」という言葉の通り、結果的に何度もハノイに通うことで、地元のアーティストや建築家、学生、国際交流基金の方々と議論し、対話を重ねることができて、オーケストラの実施内容を深めることができた。そして今回NHKの番組企画で、東北から6名の学生が参加することになった。ニャーサンやチャン・ルオンさんとも打ち合わせを重ねて、協力も得られることになった。「非公式」企画として(これは当局の許可問題を避けるため)、ニャーサンで大友さんのライブとチャン・ルオンさんとのトークイベントを行う。ハノイ旧市街(問屋街)で素材を集めて、一般の人たちと楽器制作のワークショップと、オーケストラのパフォーマンスをやることがいよいよ現実味を帯びてきていた。

会場は、国際交流基金のあるハノイ日本文化センター。ニャーサンから3名の若手アーティストが参加し、大友さんや写真家の石川直樹さんと一緒に旧市街を歩き、楽器の素材を探して、日本文化センターの中庭で、ゲストとして参加する藤浩志さんも交えて、大型の楽器を制作する予定だ。そして東北から参加する学生とベトナム人の学生とが協力し、楽器の試作を重ねて、本番当日一般参加者と一緒に楽器をつくる。そしてそれらの楽器をつかったオーケストラのパフォーマンスを行う。名付けて「ハノイ・コレクティブ・オーケストラ」。 人や技術、街にある思いもかけないものの集合が音楽として生み出されていくだろう。

 

追記:「ハノイ・コレクティブ・オーケストラ」の予告動画を公開しています。