ジャカルタへ

12月5日 

羽田からインドネシアの首都ジャカルタへ向かっている。

インドネシアは4度目だ。インドネシアはアンサンブルズ・アジア・オーケストラのプロジェクトの調査・ワークショップのなかでも特に重要な国と位置づけており、これまでスラウェシ島マカッサル、バリ島、ジャワ島西部などを調査してきた。

1年程前の調査の折、ジョグジャカルタでルリー・シャバラ(以下ルリー)とはじめて出会った。彼はノイズのデュオ「センヤワ」のメンバーで、インドネシアはもちろんのこと、欧米やアジア全域で活躍している才能ある音楽家だ。大友さんと音楽家たちとで行ったギグでも彼の声の力は圧倒的で、興奮さめやらないままライブの終了後長い時間話をした。出身はスラウェシ島中部、現地の慣習に従い15歳で家を離れてジョグジャカルタに出たこと、音楽の専門的な教育を受けたことはないこと、などを話してくれた。そしてオーケストラのアイデアをひとしきり話すと、ルリーの故郷のスラウェシ中部では伝統の唄が失われつつあり、伝統を復活させるのではなく、現地でワークショップを重ねて新しい伝統をつくりだしたいのだ、と言った。「新しい伝統をつくる」という夢、アイデアを彼から聞けたのが嬉しかった。「私たちのオーケストラのアイデアともジョイントできると思うから、ぜひ故郷を案内してもらいたい」ということを伝えた。彼は嬉しいとも恥ずかしいともとれる表情で「自分が何をやっているのか家族や親戚はよくわかっていないから、日本から人が来て一緒にプロジェクトをやると言ったら、自分が認められているのだということを伝えられるかな」というようなことを言ったと思う。大友さんが「よくわかるよ。自分も故郷に帰って何かやるときは同じ思いなんだ」というようなことを返すと、みんなで笑った。それからは、ルリーが日本に来ると御飯を食べたり、ライブ会場で会ったりして、スラウェシ島での調査のアイデアをゆるやかに進めていた。

そのように始まり、準備してきたスラウェシ島の調査が、出発直前の1週間前にキャンセルせざるを得なくなった。原因は治安上の問題であり、何かを責められる類いの理由ではない。調査の中止を即決し、同行する予定だったインドネシア、日本の関係者に事情を説明した。初参加を予定していたサウンド・デザイナーの森永泰弘さんは「気にしないでください、それよりも思いを共有できる人たちが近くにいたことが、僕は本当に嬉しかったんです。とっても感謝しています」と返事があった。森永さんはフィールド・レコーディングや音楽の国際共同制作を自ら企画し、てがけている方で今回の初参加をとても楽しみにしていた。森永さんを紹介してくれたのは石川直樹さんで、スラウェシ島の調査と、そしてこの先のことも含めて話を重ねてきた。石川さんはもともとスラウェシ島の調査には参加できない予定だったが、少し前から心配な情報を送ってくれたりしていて、中止について相談すると「どうもこうも、中止するしかないでしょ」と即答した。少し遅れてルリーから「理解するけど、リスクを避けて何かをやることはできないよ。僕はどちらにしても行く。学校やコミュニティに中止の説明をしなければならないしね」と返事があった。この一連の出来事はちょうど札幌に滞在しているときのことで、大友さんと中止を決定してからも、何度も同じ話をした。大友さんにとっても、今回のようなことは長い音楽家人生ではじめてのことなのだ。

すべての飛行機のチケットをキャンセルし、再度スケジュールを組み直し、チケットをあらたに買い直して、インドネシアに行く準備ができたのは、出発の前日、昨日のことだった。スラウェシ島の調査はキャンセルだが、ジャカルタで国際交流基金と話し合いを行い、ジョグジャカルタでルリーや、同行予定だった映像作家のSatya Prapancaと会う。今回の旅はこれまでと違い、緊張と不安が入り交じっている。この先本当にインドネシアで、一般の人と一緒にワークショップを行うことができるのだろうか、ルリーはどのような気持ちでいるのか。そのような堂々巡りの問いばかりが、頭を駆け巡る。

折しも、機内に備え付けられている朝日新聞の「折々のことば」にこう書かれていた。

野の草は愛される人たちには

愛されぬ人々にとってほど青くないのだ

——フェルナンド・ペソア「ポルトガルの海」

何かに集中するより、むしろぼんやりしているくらいのほうが、暗号のような世界の兆しへの感度が上がる。のめり込むよりも少し身を引いたほうが、世界をこまやかに感じられる。この事実に人は救われる。

いま世界中で今回の一件と同じようなことが起きているのかもしれない。だとすると原因の風上に向かうのではなく、ぼんやりと、でも細やかに全体を感じる感性を大切にしたい。好奇心とプレッシャーが入り交じり、どうしても前のめりになりがちだが、人との関係を何よりも大切に考えて、時には少し身を引きつつ、この先も続けていきたいと思う。