ガンガン音楽を聞かせるのは徳を積むこと
ミャンマー調査報告会

2016年12月、ミャンマーで一般市民との音楽のワークショップをやるためにヤンゴンとマンダレーを調査しました。以下のテキストは2017年2月22日に国際交流基金で行った報告会を元に再構成したものです。登壇者は田村克己さん、大友良英さん、森永泰弘さん、司会進行は有馬恵子が行いました。

有馬|2016年12月にミャンマーで行った調査のなかから、主にマンダレーについて報告したいと思います。本日はミャンマーの専門家で国立民族学博物館の元副館長の田村克己先生にお越しいただいています。一緒に調査した大友良英さんとサウンドデザイナーの森永泰弘さんにも登壇頂いています。どうぞ宜しくお願いします。


撮影:森永泰弘

大友|最初の映像は真夜中に行ったゴングを作ってる工場です。夜中の1時くらいかな。日中は暑いので、夜中しか作らないって言われて。

田村|このゴングを作っているタンパワディっていうのはこの地区の名前です。もともと王朝時代の17〜18世紀ぐらいに職人をインドから連れてきて銅製品などを作らせました。マンダレーとその南のアマラプーラとの間にある地区で、もともとはアマラプーラがマンダレーの前の都ですので、その時代から伝統工芸の地区でした。

大友|街中で仏具みたいなものを、いっぱい売ってました。

田村|ミャンマーでは花十種、パンミョーセヨーっていって伝統工芸10種類が一つのカテゴリーを作っています。基本的には例えば絵画なんかもそこに入るんですけど。どうしてかっていうと、パゴダ、仏塔とか、寺院、僧院を建てるのに必要なものを作る人たちの工芸を10種として、まとめたのではないかと私は思ってます。


撮影:森永泰弘

田村|冒頭の映像で、ポスターがいっぱい貼ってありましたけども、あれはいうならば劇とか軽演劇の一座のポスターで、この地区は劇とか軽演劇とかの小屋、日本で言うならば芸能(興行)事務所が集まっています。ここの地区で彼らは練習して、それと同時にプロモーターが、この踊り手とこの踊り手を組み合わせるとか、もちろん値段の交渉含めて、新しい一座を組むためにやっていて、すごく面白い所なんですよね。ミャンマー全体では、マンダレーと中部のチャウパダウンすなわちバガン遺跡の近くの街と、それからヤンゴン、この3カ所しかない。いわば芸能村です。一座を組んで、村で呼ばれたりします。出掛けていってそこで興行を打つというわけね。

大友|日本だと高度成長期以降なくなってしまった、芸能一座なのでしょうか?踊りと歌と、あと漫才みたいのもありました。新喜劇っぽい感じでしたけどね。

田村|ミャンマーの伝統的な芸能には三つのジャンルがあって、一つは人形劇。二つ目がいわゆる古典劇、三つ目が歌と踊りのショーをともなう軽演劇です。今ヤンゴンはどんどん変わってて、近代的になっています。マンダレーは第2の都市だけども、古いものが残っています。伝統的なものを知るには、やっぱりマンダレーがいいですね。

大友|これ、僕らスティービー・ワンダーって呼んでたんですけど。街中で、多分、本当に実際、目が見えないと思うんですけど、後で出てくると思いますけど、ラウドスピーカーの付いた屋台みたいのを引きずって、歌いながら歩いてるんですよね。バンドみたいなの組んで。

田村|これマハームニというパゴダですよね。そこのパゴダはたくさんお参りするけども、女性がこっちでお参りしてるわけ。この先は男性しかいない。女性は入ってはいけないっていう、結構そういう男女の差別はっきりしてます。仏像はちょっとぷっと笑いそうな像が多い。

大友|なんか、ちょっとユーモラスですよね。なんか全部許してくれそうな感じでした。で、街中ではスティービー・ワンダーですからね。

田村|ミャンマーはいろんな音があって。音は至る所で拾おうと思えば拾えますね。このスティービー・ワンダーは恐らく、お祭りの資金集めです。寄付を呼び掛けてるんですよ。はっきり言ったらミャンマーは音だらけなんだけど、すごくうるさいです。ラウドスピーカーいっぱいに音を上げて。

大友|あり得ない音量でしたよ。日本の、石焼き芋の5倍くらいの音量してましたもん。

田村|パゴダ祭りのお祭りのときに、夜通しガンガンやるもんだから、あるオランダ人だったと思うけれど、ホテルで寝られないから、スピーカーのコードを抜いたんですよね。そしたら警察に捕まって。なぜ捕まったかっていうと、ミャンマーの伝統文化をけがしたっていうんで。罰金で済んだとは思うんですけど、そういった件が去年2件ばかしありました(笑)。

大友|でも抜きたくなる気持ちも分かります。もうびっくりするぐらい音量がでかいんですよね。

田村|なんで音量をでかくするかということですけども、結局いいものを他人に与えるということは、すごくいいことなんですね。徳を積むということ。

大友|これ生バンドなんです、実は。後で出てくると思いますけども、現代的なポップスのバンドみたいのと、民族音楽の楽団が同時に一緒にやってるんですよ。道路封鎖してやってたんですけど、すごい人数の人が集まってましたよね。で、サウンドシステムから外に向かって出る音が、もう半端ないくらい大きな音でした。


撮影:森永泰弘

田村|さっきの続きなんですけど、要するにミャンマーの人の考え方というのは、徳を積んで、来世でよく生まれ変わるのが人生最大の目的なんで、徳を積むのはお坊さんにお布施するとか、いろいろあるんですけども、それだけじゃなくて、いいものを他人に与えることが大切なんです。例えば音楽。いい音楽だからガンガン聞かせるのが徳を積むこと。本人の徳になるんです。もうほっといてくれと言いたくなるんですけども。
私がある人の家に招かれて、その家の人がスピーカーをこちらに向けて音量いっぱいにカセットテープをかけたもんだから、もうたまらなくなって、家の人がいないときに音量を下げたら、また家の人がやってきて音量いっぱいにしてですね。ともにかく音はどんどん出すべきだというのがミャンマー人の考え方です。仏教の音、仏様に関わることは特に。以前に私は村で生活していたのですが、家がお寺のすぐそばでした。お寺では朝の5時ぐらいに、お坊さんが起きて托鉢したり修行を始めます。そちらからガンガンお経の文句が聞こえてきて大体、朝5時には必ず目が覚めます。今はそういう生活はヤンゴンではだいぶん変わってますけどマンダレーには残っています。それが果たしてよいのかどうかは、私たちはあまり判断できないけれど。今後それでやっていくのかはミャンマーの人たちが考えることですが、そういうものが失われるっていうのはとっても残念なことでもあるわけですよね。
そういう意味で、今回の調査は、大い多いに意味があると思います。伝統芸能をミャンマーから呼ぶと、非常にソフィスティケートされて、外国人に受け入れられるようないわゆる国立舞踊団みたいなものが来ます。今回撮られたような非常にベタでリアルなものはまずありません。映像を見て非常にミニの女の子がいたりして僕もびっくりしましたが、あんなものは絶対、表向きには出さないですよね。大友さんもおっしゃったように、かつて日本も芸能一座があった。恐らくここへ来られてる皆さん、ほとんど知らないと思いますけども。

大友|日本だと芸能とヤクザが結び付いていたと思うんですけど、ミャンマーの場合そういう感じではないですか?

田村|ないですね。ミャンマーは、これはよしあしですけど、など強権的な体制が続いていて、そういうものを厳しく取り締まりましたからあんまり見られないですね。

大友|なるほど。マンダレーに行って、あまりにも日常に音楽があふれていたので、僕らがわざわざ行って、プロフェッショナルではない一般の人と音楽のワークショップするって、どういう意味だろう?ってすごく考えてしまったんです。有馬さんが出した結論の一つが、盆踊りを作ろうかいうことでした。ミャンマーで一般の人たちと作る音楽ってのは、アバンギャルドな変わったもんじゃなくて、ここだったら芸能が本当に盛んなので、日本の人たちと一緒に、むしろ僕らが彼らから学ぶような形で、新しい盆踊りのようなものを作ったら面白いんじゃないかって。

森永|僕たちは今回の調査でヤンゴンに2日間滞在して、ターソーさんっていう音楽家に会いました。
有馬|私はミャンマーでは、いわゆる「ワークショップ」という抽象的なものは通用しないと考えていました。ミャンマーでは芸能と芸術の境目がなく、日常的に生きた音楽に触れていると思いました。日本だったら劇は劇場、音楽はホールで演奏されて足を運ぶものですが、ミャンマーでは道を封鎖して1日限りの祭りの場を作る。そしてそれにかかる費用は寄付かお金持ちが出すし、呼びたい楽団を自分たちで呼ぶのが当たり前で入場料といった概念もありません。それが一般市民にとっての日常なんですね。本当に豊かな文化だと思いました。そんな人たちにワークショップやプログラムといった考え方は通用しませんよね。ターソーさんがミャンマーの精霊の祭りの踊りをヒントにしてダンス音楽を作っていることを知っていましたし、日本の盆踊りに興味を持っていましたので、思い切って、これまで東南アジアでやってきたワークショップではなく、盆踊りを作ってはどうだろうかということに思い至りました。もちろん日本の盆踊りをミャンマーでやるとかそういうことではなく、日本の盆踊りのエッセンスを生かして、形はミャンマーでターソーさんや一般の人たちと作ってはどうかと。やり方は考えなければならないのですが。

田村|ミャンマーは、いわゆる日本で言えば神様に当たるような、精霊の信仰、祭りがあります。ターソーさんはその祭りの踊りなんかを素材にして、自分の音楽を作っています。精霊の祭りを見るチャンスは今回なかったと思うんですけど、さきほどから見ている仏教の祭りとは違うものです。精霊の祭りは、精霊を慰めるためにガンガン音立てて。それですごく熱狂的になって、お札は飛びまわるは、お酒はガンガン飲むわというので。仏教とは正反対のお祭りです。これはまた違う面ですごく面白いです。ターソーさんと盆踊りをやるというアイデアは、すごく面白いと思います。音頭っていうのを作って、たとえ輪にならなくても、どういう形で彼らが踊るかは任せてしまったほうが面白い。

大友|輪になって踊る習慣は、なさそうですね。

田村|山岳少数民族は結構、盆踊りをやりますよ。平地に住むいわゆるビルマ族、つまりミャンマーの多数派民族たちの間ではそういう習慣はありません。ただ今回見たようなパゴダ祭りがあって、観客との距離が近くて演じる方も見る方もある意味で混じり合っています。今もそうしてるかもしれないけども、例えば舞台なんかに村人が上がって行って、一緒に踊ったりします。

大友|僕らもステージに普通においでって言われました。えっ?て感じでしたよね。

田村|形で一緒になる可能性はありますよね。

大友|可能性はあるかも。ターソーさんから言ったんですよね。「盆踊りあるだろう、日本に」って。「一緒に音頭を作れないかな」って。

田村|ただ音だけ気を付けて。

大友|音ね。巨大になりそうですよね。あれ何とか阻止したいですけどね。とは言えオレ、普段ノイズっていう音楽やってんですけど。相当音でかいですから、人のこと言えないかもしれない(笑)。

田村|ミャンマーっていうのは、ある面じゃいろんな意味でまだまだ素材が多いんですよね。ぜひ今後も盆踊りとかそういう一つの形にしてみると面白いし、若い皆さんもミャンマーにぜひ興味を持っていただきたいです。なんかありましたら、いつでもお手伝いしますので。専門家としてミャンマーをずっとやってると、それが当たり前になるからあんまり感動しないんですよね。あーそうか、そんな変わった国なのだとあらためて見直します。ぜひ教えてください。今日はありがとうございました。


撮影:森永泰弘

田村克己
国立民族学博物館・名誉教授。専門は東南アジア文化人類学。1949年生まれ。鹿児島大学、金沢大学を経て、国立民族学博物館。総合研究大学院大学教授併任。ビルマ(ミャンマー)を中心に東南アジア大陸部や中国南部などで、文化人類学の調査・研究を行なう。著書に『ミャンマーを知るための60章』(明石書店、2013年)など。