JAMJAM日記|インドネシア編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:大友良英

2015/03/22

ミュージシャンは楽器がお好き

ニュピから一日明けると、バリは再びいつもどおりの街にもどっている。カデさんの車でインドネシア国立芸術大学デンパサール校へ。ここの学生たちのガムランの授業の見学。おとといの祭りの現場で、めちゃくちゃ活きのいいガムラン演奏を見た後のせいか、授業だからやってますみたいな演奏を聴くのはちょっとしんどい。カデさんが「もういいですよね」と言ってくれて助かった。

クンダン(撮影:大友良英)

その後はクンダンやガムランで使われる各種のばちを制作している工房へ。職人たちの手並みや、使いこなされた工具を見ているだけで面白い。ガムランの花形といってもいい両面太鼓のクンダンは、ジャックフルーツの木で作られるそうだ。胴の中を覗くと、通常のドラムより遥かに肉厚。重いわけだ。10kg以上はありそう。おとといの青年たちは、こんな重いもんを肩から下げて、踊りながら歩いていたのか。

工具(撮影:大友良英)
工具(撮影:大友良英)

ジャックフルーツ

クワ科の小高木。インド・マライ半島原産。果実は30~80センチ、若い果実を蒸し焼きにして食べる。種子の周りの果肉は甘く生食される。和名パラミツ。

「クンダンをもってのパレードは若くないとできないです」
とカデさん。そのカデさんが目下夢中なのがクンダンだ。いつのまにかクンダン奏者魂がむくむくと出てきたのか、置いてあるクンダンを叩いては品定めをしている。その品定めの演奏がびっくりするくらい素晴らしい。てか、気がつくとクンダンを一本購入している。僕らミュージシャンはうっかり楽器屋に入るととんでもない買い物をしてしまうことがあるけど、まさにそれ。この数年、オレはなるべくギター屋とか録音機材屋には行かないようにしている。だって、試奏して、万が一素晴らしい音だったりしたら、この楽器はオレに弾いてほしがってるくらいのこと平気で思ってしまうんだもん。だからカデさんの気持ち、よくわかるなあ。
「奥さんに怒られない、大丈夫?」
「うちは大丈夫です!」

本当かな(笑)。でも、これが音楽家のさがなのだ。奥さん、勘弁してやって下さい。カデさんが選んだ一本は、本当に素晴らしい音がする楽器でした。

昼はカデさんの紹介で、シーフードレストランへ。バリの北西海岸地方の料理らしい。甘っからいタレが特徴。美味い!

工房(撮影:石川直樹) シーフード料理(撮影:大友良英)

ガムランに聴き入り、ワヤンに見入る

その後はスカワティ村のグンデルワヤン(ガムランの鍵盤楽器)の名手サルガさんの家へ。カデさんはここにときどきレッスンに来ている。カデさんの村のガムランとは少しだけ流儀が違うそうだけど、こうやって近くの村の名人たちのところでもときどきはレッスンを受けて、さまざまな流儀を吸収するのだそうだ。

中庭にある屋根だけの小さな練習場で、まずは彼のソロ演奏を。息をのむくらいの素晴らしさだ。両手で叩きながら手のひらですかさず鍵盤を押さえてミュートをする奏法は、かなり高度な技術を必要とすると思うんだけど、彼は、全然そんなそぶりを見せず、淡々と、どこか遠くを見ながら、優雅に演奏する。よく剣豪小説なんかで、老剣客が、さっと体を動かしただけで、相手の帯が切れている……みたいなシーンがあるけど、楽器の名人の手さばきというか身のこなしも、それによく似ている。ほとんど体に力が入っているように見えないし、たぶん実際にも考えていないと思う。体が自然に動いている……そんな感じだ。彼はソロの演奏だけでなく、カデさんとのデュオ、レッスンに来ていた青年も加えての三重奏、そして楽器の裏側にまわって左右逆に鍵盤を見ての演奏までさまざまな演奏を聞かせてもらいつつ、インタビューも。あっという間に1時間が過ぎてしまった。

グンデルワヤンのサルガさんの家(撮影:石川直樹)

次に行ったのは、影絵芝居ワヤンのダラン(人形遣い)、トゥンジュンさんの家。もともとカデさんは彼のグループのメンバーとして、ガムランのキャリアをスタートさせていて、いまでもメンバーのひとり。ふたりとも同世代で、トゥンジュンさんはワヤンの世界のニューウェイヴ的な存在なのだそうだ。古典的なものだけではなく、新作も手がけるとのこと。

ワヤンの人形は牛革で作られていて、実に細かい装飾が極彩色で描かれている。実際には影しか映らないわけだから、装飾の色はお客さんには見えないのにだ。この緻密に作られた影絵人形もすべてトゥンジュンさんが作ったものだ。小学校のときにワヤンにとりつかれたトゥンジュンさんは、そのままこの世界に入ってしまって、今に至っている。ただ、ある時期に、影絵だけの世界にいては、自分自身の伝統のことも外に伝えられないと感じて、大学に通いだし、修士号までとって影絵芝居の研究を続けている。現在も博士課程にいるそうで、彼がバリ・ワヤンのニューウェイヴたるゆえんはこのへんにあるのかもしれない。

グンデルワヤンの演奏(撮影:大友良英)

Wayang(ワヤン)

インドネシアのジャワ島を中心に発達した演劇。板人形芝居、木偶(でく)人形芝居、仮面劇など形式は多様。最も盛んなワヤン‐クリという影絵芝居では、人形を幕に映しながら、ガムランを伴奏に古代インドの叙事詩などを語る。
出典:デジタル大辞泉

彼にも人形の動かし方を実演してもらう。人形を両手で動かしつつ、ブラブラとつがいでふたのように動く人形の入っている木製のケースの側面の板を、あぐらをかいた左足の膝でバタンバタンと鳴らしながら、右足の指に木製の木槌のようなものをはさんで、同じ側面の板をカンカン鳴らす。ガムランにおけるクンダンのような役目を、人形ケースが果たしている。手で人形を動かし、足で打楽器を鳴らし、口で歌ったり、ストーリーを語ったり、ひとり何役もやるのだ。

「オレ、山から帰ってきたら、影絵芝居やってみたいな。これならひとりで世界を回れるし」

独り言のようにぼそっと言いながら、石川くんはひたすら彼の写真を撮っていた。

トゥンジュンさんの家(撮影:石川直樹) ワヤン(撮影:石川直樹) ワヤン(撮影:石川直樹) トゥンジュンさんの家(撮影:石川直樹)

達人の芸に時を忘れて…

次はプリアダン村のガムランの先生一家のところへ。カデさんの師匠たちの住む家だ。まずは息子さん、といっても40代のチョコルダ・バグスさん。名前のチョコルダはカーストの上位のほうを示す名前だそうだ。ガムランの専門家はありとあらゆる楽器を演奏するが、とりわけ彼は笛の演奏の名手で、同時に祭りに使われる仮面やさまざまな道具、そして竹をつかった笛作りのバリ島きっての名手でもある。さっきのサルガさんの家と同じような屋根だけの練習場は、仮面や笛を作る工房にもなっていて、作りかけの仮面やいろんな工具も置かれている。

まずはさまざまな長さの笛を使って僕らに演奏を聴かせてくれる。素晴らしい。そして再びさまざまなお話を聞かせてもらう。なんて贅沢な時間なんだろう。

日が暮れだした頃、彼の父親でプリアダン村のガムランを仕切ってる頭領とでもいえるような存在で、バリでも最高のクンダン奏者チョコルダ・アリット・ヘンドラワンさんが帰ってくる。入れ替わるように、今度は彼のクンダンの演奏を聴かせてもらう。もう、すごすぎて、ただただ演奏に見入ってしまう。カデさんとのデュオも素晴らしかった。芸能山城組のガムランを指導したりとたびたび来日してるだけでなく、世界中を旅してきたヘンドラワンさんの話は本当に面白くて、いつのまにか日がどっぷり暮れていた。

芸能山城組

世界の民族音楽を題材にしたパフォーマンス・グループ。設立は1974年。主宰は山城祥二。

チョコルダ・バグスさん(撮影:石川直樹) 仮面(撮影:石川直樹) ヘンドラワンさん(撮影:石川直樹)