バリの新年 石川直樹 Ishikawa Naoki

撮影は全て石川直樹

ウク暦のお正月

イスラム教国のインドネシアにあって、バリ島だけはヒンドゥー教がその勢力を保ち続けている。しかも、バリのヒンドゥー教は古来のアニミズムの影響を多分に受けているため、インドなどとはまた異なる多様な宇宙観と宗教性を形作ってきた。

中でもバリ文化を象徴するのが、祭祀儀礼である。バリの暦・ウク暦では一年が210日と決められていて、その年に一度だけ巡ってくる「ガルンガン」や「クニンガン」という送り盆、迎え盆の儀礼をはじめ、あらゆる村に大小いくつもの祭祀が根づいている。

ぼくは日本にいながら、部屋にウク暦のカレンダーを貼り、それを横目で眺めながら、折に触れてかの島の祝祭のことを想う。タイミングが合えばいつでも馳せ参じたい、そんな焦燥を自分が抱いてしまう土地は他にない。

日本からバリへ向かう飛行機はいつも深夜に到着する。デンパサール空港に降り立つと、湿った懐かしい空気に包まれた。バリ特有の生暖かい空気に肌が触れた瞬間、自分は空港内の群衆の内部から引きずり出されて、孤独な異邦人になる。日本を離れて、アジアの片隅の小さな島に来たことを実感する。

ぼくが到着したのは、ウク暦の正月、すなわちニュピの祭礼の直前だった。ニュピの日には、公共の交通機関はすべて止まってしまう。外出も禁止。電気も止まる。空港周辺はそうした静かな新年を間近に控えた喧噪に包まれていた。嵐の前の静けさではなく、静けさの前の嵐、といったところか。

空港からタクシーに乗ってウブドの街までは、およそ一時間弱かかる。最初は車やバイクが行きかうデンパサールの街を通り抜け、やがて田園地帯に入り、静謐な夜の村にいたる。

ホテルの敷地内にある田んぼからは、カエルとキリギリスの鳴き声が交互に聞こえてきた。鳴り響く野生の音を耳にしながら、「ああ、またウブドに来たな」と思った。

ニュピの山車とねぶた

部屋に荷物を置き、遠くから聞こえるガムランの音色に誘われて夜の街に繰り出した。広場には山車が何台か置かれていた。いや、山車といっていいのだろうか。青森のねぶたは人形型の大燈籠だが、ぼくが見たのは野犬や野ブタを模したもので、なんと形容していいかわからない。燈籠は内部から光るが、バリのそれは内部から光るという感じでもない。「どでかいハリボテ」というと失礼かもしれないが、ともかく木の骨組みによって作られた立体彫刻のようなものだ。これを人々が引っ張り、ねぶたと同じように太鼓などで音を鳴らしながら街中を練り歩くのである。

青森のねぶたは、日本全国にある土着の七夕祭りや禊祓いが変化したものと考えられており、バリのニュピで登場する山車も、まさに禊祓いのようなものから発展したと思われる。ニュピは、ある種の浄化儀礼でもあるからだ。

ちなみに青森のねぶたのモチーフになるのは、日本や中国における伝説や歴史上の人物、歌舞伎、神仏などを題材にすることが多いという。ウィキペディアには、「近年は地元の伝説や偉人、テレビ番組(特にNHK・大河ドラマ)などを題材にすることもある」と書いてあり、その意味では、バリのそれも神様系というよりはもうむちゃくちゃなモチーフが見て取れる。最初に見た犬と野ブタの山車も、なぜそのモチーフが選ばれたのか、理由がいまいちよくわからない。インパクトや迫力重視だったのか。バリの祭りも常に変化していることをうかがわせる。

頑なに形式を守るのではなく、絶えず新しいものを受け入れ、神話を再編集し、再創造していくバリの人々のしなやかな姿勢こそが、逆にバリ文化の核となる宇宙観を崩さずに長く維持できている大きな理由なのかもしれない。

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水の島での火祭り

大晦日に行われた火祭りやニュピの日の祭礼には、正装を着てのぞんだ。こうした祭礼では、女性はきらびやかな宝石を肌身につけ、男性もまたふだんは着ないであろう華麗な絹の衣装を身にまとう。ぼくや大友さんもまた近くの洋服屋でバリの服装を買い求め、寺院に入る際などは、必ず正装を着用した。Tシャツや短パンから、バリの正装に着替えると、不思議に心持ちまで変わってくる。徐々に高まる島全体の雰囲気と相まって、気持ちが高揚してくるのだ。

新年の儀礼に限らず、ぼくがもっとも心を奪われるのは、村人の身体の奥底から立ち現れるトランス、すなわち陶酔を含む儀礼である。バリの人たちは、自分たちが生きている物質的な空間とは別の世界を日々意識しながら生きている。その世界への通路が祭祀儀礼の日に、トランスという身体技法を通じてひらかれる。バリにおけるトランスは、もう一つの世界へ旅に出るための唯一の身ぶりであるといってもいい。

ある村で行われた火祭りを見に行ったときも、燃え立つ火の中に陶酔状態の若者たちがいた。乾燥させたヤシの実が山のように積まれ、そこにガソリンをかけて火を放つと、通りにある空間が火の海と化していった。そのなかに笑いながら飛び込む若者たちは、我を忘れたように火と戯れていた。

燃えているヤシの殻があちこちから投げつけられ、その合間を若者たちが走り回っている。狂気と正気が入れかわり立ちかわり彼らを支配し、みんなそれを楽しんでいるようだった。

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火は、バリ島という水にあふれた島の中でも、重要なエレメントだと思う。祭りの中で行われる影絵芝居も何度か見たが、火に浮かび上がる影絵の像も飛びかう火のあいだを飛び回る若者たちも、どちらもこの世のものではないひと時の幻のように感じられた。

バリ人は「自分たちが生きている物質的な空間とは別の世界を日々意識しながら生きている」と前述したが、火を伴う夜の儀礼にそれが表れているような気がしてならない。

火祭りの翌日、バリの新年を迎えた。このニュピの日には、レストランや店、学校、役所、企業など、あらゆる場所は全て休日となり、島は静謐に包まれる。いつもは観光客で賑わうウブドのストリートも、ニュピの夜だけは静まり返っていた。

田んぼからは、再びカエルとキリギリスの鳴き声が聞こえる。飛び交う火と夜空に瞬く星、豪奢な山車と虫の音、狂気の中で踊る人々と一心不乱に祈る人々。光に包まれた路上と影で覆われた死者の世界。こんなに小さな島なのに、こんなにも豊かな情景があることに驚かされる。

人間の生を強く鼓舞してくれるようなバリ島がぼくは好きだ。この島で新年を体験したことによって、よりいっそうその思いは強くなった。

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