JAMJAM日記|インドネシア編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2014/12/09

午前。バニュワンギのローカルポップス「Kendang Kempul (ケンダン・ケンプル)」の録音スタジオへ。「ケンダン・ケンプル」とは、インドネシア特有のポップス「Dangdut(ダンドゥット)」のバニュワンギ版ってところだろうか。ドラムやベースライン、キーボードなんかの打ち込みの上に、ガムランで使われる太鼓のクンダンや竹笛「Suling(スリン)」なんかの地元楽器やギターなんかが入って、そこにバニュワンギの方言の歌が乗っかる。バリからバニュワンギに渡るフェリーのなかで1枚100円くらいで売っていたCDがそれだ。プラケースではなくビニールの袋にカラフルでシンプルな歌手の写真のジャケットとCDが入ってるだけの質素なものだけど、バニュワンギ周辺だけでワンタイトル数千枚は売れるそうだ。1つの都市だけで成り立つポップス。オレは詳しくはないけど、沖縄のポップスのあり方がこれと似てるのだろうか? いずれにしろ、20世紀のポップスが、ジャズにしろハワイアンにしろロックにしろ、生まれた土地を離れてどんどんグローバル化したのとは対照的だ。日本の都市では考えにくいなと思ったけど、例えば日本語圏を1つの大きなマーケットって考えれば、J-POPや歌謡曲も極めてローカルなポップスと言えなくもないか。いくつもの言語圏があるインドネシアでは、言語圏ごとにローカルなポップスが存在しているということなのかな。

撮影:石川直樹
撮影:石川直樹

コンピュータベースで最低限のスタジオ機材がそろっているスタジオでは、午前中から竹笛の即興演奏によるオーバーダブと、ヴォカール入れをやっている。竹笛奏者がやたら上手くて舌を巻く。エンジニアのAgung(アグン)さんは、スタジオのオーナー件レーベルプロデューサーで、作曲や打ち込みも手がける音楽プロデューサーでもある。こうやってほぼ毎日のように録音して次々とCDを出していくんだそうだ。自分はなるべく音楽家に還元したいから打ち込みは使わず、こうやって実際の音楽家に演奏してもらうんだ……って言ってるんだけど、でもドラムやベースライン、キーボードは明らかに打ち込み。もともとヴェンザの実家のすぐ近所に彼の実家もあったそうだ。

お昼になると奥から炊き出しのご飯やおかずが出てくる。インドネシアはどこに行ってもこんな感じでご飯が出てくる。僕らや録音メンバーだけじゃなく、何かかなりの人数で、床に直接座りながらわいわい食事。だれがだれだか全然分からない。分からないけどサラサラしたスープカレーのようなものが美味いから、まぁいいか。

「今夜ここでライブやるから、セッションしに来ないか?」

メシを食いながらプロデューサーのアグンさんが誘ってくる。なんとなくノリでOKしてしまったんだけど、まぁいいか。

Dangdut(ダンドゥット)

インドネシア都市部の労働者階級に絶大な支持を受けるポピュラー音楽。マレーの大衆歌謡ムラユー音楽にインドの映画音楽やイスラムのダンス音楽、ロックなどの要素を加え、ロマ=イラマが1960年代後半に創始した。名称はインドネシアの両面太鼓クンダンが出す音の擬声語から。
出典:デジタル大辞泉

スリン(suling)

インドネシアの民族楽器で、竹製の縦笛。ジャワ島やバリ島のガムランで旋律装飾楽器として用いられるほか、インドネシア各地で広く使用される。リコーダー式の歌口をもち、鼻呼吸をしながら、切れめなく音を出す。
出典:デジタル大辞泉

中学校訪問。一人では生み出せない音。

午後はヴェンザの同級生が先生を務める「SMP Negeri 2 Srono(スロノ第2国立中学校)」へ。運転手のアグスもそうだけど、ヴェンザの同級生は皆ヴェンザより年上に見えるというか、ちゃんと大人になっている。38歳だもんな、当然か。ヴェンザが若く見えすぎるってことか。
社交的な校長先生が出て来て、まずは僕らを校長室に招き、昼食が振舞われる。大きな葉っぱにくるまったバニュワンギの郷土料理だそうで、これも美味いんだけど、さすがにお腹いっぱいで食えない。校長先生ごめんなさい。みんなも残しているし、肝心の校長先生もほとんど手をつけてない。僕らと一緒で二度目の昼食なのだ。気遣いありがとう。

食事のあとは正門前の広場にあつまって早速ガムランを披露してくれる。踊るのも男子なら、演奏も男子。格闘技のように実際に戦いながら踊る姿に合わせてクンダンがアクセントをつける。ここのガムランもなかなかなもので中学生とは思えない。ここでもダブルリードのチャルメラのような楽器「Surunai(スルナイ)」が活躍している。演奏もなかなか上手い。感心して見ていると、吹いてみるかと言わんばかりに楽器を差し出してくれる。どれどれ、どうせ音が出なくて笑われるのがオチだと思いながら一吹き。

ぷわ~~

あれれ、音が出た。出たと同時に、皆大笑いしてくれる。調子に乗っていろいろ吹いてみたり、ほかのガムランの楽器を一緒に叩かせてもらったり。もちろんガムランの演奏経験はないけど、一人ひとりが叩く異なるパターンが幾重にも組み合わさって、全く別の一段上のリズムが生まれ出す快感のようなものは分かる。かつて勉強していたサンバも、あるいはいくつものリズムパターンがかみ合うファンクなんかを演奏するときにもこの感じはあって、これが延々続くとトランスに近い感覚になる。決して一人では生み出せないものだ。

撮影:石川直樹
スルナイを吹く子ども(撮影:石川直樹)

ファンク(Funk)

アフリカ系アメリカ人(黒人)起源のダンスミュージック。バックビート(裏拍)を意識した16ビートのリズムとフレーズの反復を多用している。

一人では生み出せない音(撮影:有馬恵子)

練習が終わったあとに、ずっとゴングを叩いていたおとなしそうな子とクンダンをやっていた活発そうな子にヴェンザの通訳でインタビューをしてみる。

「本当はどんな音楽が好きなの?」

「レゲエが一番かな」

ゴングのおとなしそうな子が答える。将来はヴェンザみたいなラスタっぽい髪の毛にしたいそうだ。

「僕はドラムを叩いて、ケンダン・ケンプルのバンドで演奏したりしている。ドラマーになれたらいいんだけど」

実際に普段聴いているのはテレビやラジオからのポップスだったりが、彼等の日常ってのは、僕ら日本の青少年と一緒かな。え? 僕らって、お前はとっくに青少年じゃないだろって。まぁ、そう固いこと言わずに。オレの青少年の頃だって学校で教えてもらう音楽と、普段好きで聴いている音楽は全く別だったんだから。そういえばオレも中学生くらいから密かに音楽家になりたいなって考えだしていた。実際に楽器を手に取るのは高校になってからだったけどね。周りはオレよりみんな上手かったなぁ。当時のバンド仲間で、どんどん深い穴を掘ってしまって、わけの分からない特殊音楽をやったり音楽でメシを食ったりしているのは今となってはオレだけだけど、でも、音楽を続けているのは何人もいて、皆それぞれ本業を持ちながら楽しそうに音楽をやっている。メシが食えるようになるだけが音楽の道じゃない。彼等はこの先どんな大人になっていくのかな。

校庭のほうでは校長先生を中心に何人かの先生が集まって開沼さんのインタビューを受けている。なんだか面白い成果があったみたいで開沼さん、嬉しそうだ。笑わない開沼さんが最近はよく笑ってくれる。なんだかオレも嬉しい。

写真:大友良英

洗練されていた村のガムラン

夜は「Jogle66(ジョグル66)」と呼ばれるスペースで、再び村のガムランの演奏を。昨日の場所ほどではないけど、ここもかなりの田舎。実は当初の予定では僕らはここのスペースに泊まることになっていたのだ。バニュワンギを経験してほしいということでヴェンザからの提案だったんだけど、丁寧にお断りして、ヴェンザにお願いしてホテルをとってもらうことにした。さすがに屋根はあれど半分外のような場所で蚊と戦いながら皆で雑魚寝はちょっとオレにはきつい。昔はツアー中、人の家だろうがスクワッドハウスだろうが、ときにライブハウスだろうが平気でどこでも泊まったけど、ダニにもさんざん刺されたけど、もう充分そういう経験はしたから勘弁して……ってのが正直なところ。それに、ただでさえナチュラルとか大自然とか苦手なのだ。できればこの先はネオンがある街中の、すぐ近くにレストランとかいろんなお店があるホテルがいいんだけど、でもまぁバニュワンギでそれは無理か。贅沢は言いません。それにしても過酷な登山や秘境に行き慣れた冒険家の石川くんなら、こんなところはむしろ好きというか望むところなんじゃないかと思って聞いてみたら

「いや~、そりゃここよりホテルのほうがいいにきまってますよ。ホテルでいいです。」

ミステリアスなハードコア冒険家石川直樹が、人間に見えてきた。

村のガムラム

この時に観たのは「Campursari(チャンプルサリ)」と言われるインドネシアのいくつかのジャンルが混ざり合った音楽。ガムランと歌い手とで構成されていた。

洗練されていた村のガムラン(撮影:石川直樹)

さて、ここでも村のおっちゃんたちのガムランの演奏と、同じく村の美しい女性たちが歌と踊りを披露してくれる。昨日から4楽団目ともなると、何だか脳が麻痺してきて、ついついぼ~~っと妖艶な踊り手に見とれていたら、いきなりその子がやって来て、手を引っ張られて一緒に踊ることに。なんだか観光客みたいでめっちゃ恥ずかしい。いやいや、見ていたいだけですからって言いたかったんだけど、言葉が通じずで、仕方ない。皆の前で踊らせてもらいました。後で知ったけど、この妖艶な踊り子さんはなんと10代の高校生だそうだ。うわ~、この先どんな人生を送るんだろう。

ここの楽団はワイルドだった昨日の坂上二郎さんの楽団と違って、洗練されていて非常に上品。日本で例えるならワイルドな村芝居と、お能くらい違うかな。今まで見た楽団は2つ3つしかゴングを使ってなかったのに、ここでは右奥が全てゴングで占められているくらい沢山ゴングがある。その音も素晴らしく、ゴングの繰り返される低音が場に充満して、どんどんトランスしていくようなそんな感じだ。ガムランにおけるゴングは特別な存在で、ゴングには神が宿っているという。だからゴングを演奏する前には必ず祈りをささげなくてはならない……って話を、以前どこかで聞いたような気がする。聖なる楽器なのだ。気になって裏から見てみたら、おっちゃんが美味そうに煙草をくゆらせながら、的確なところでゴーンとやっては、また恍惚とした表情で煙草をくゆらせ……の繰り返し。そのブルースマンのような出で立ちというか振る舞いにじ~~んと来てしまった。かっこいい! 神に接する者はこうでなくちゃね。

洗練されていた村のガムラン(撮影:石川直樹)
洗練されていた村のガムラン(撮影:石川直樹)

村のガムラン(撮影:有馬恵子)

ここを出て、再びケンダン・ケンプルの録音スタジオのある場所へ。前の道路にステージテントが建って、300席ほどが用意されている。どうやらご近所さんに子どもが生まれたらしく、その家族は近隣への振る舞いということでパーティを開くことになっているらしい。コメディアンのような司会のおじさんが笑いをとりながら(地元の有名な司会者だそうだ)、ケンダン・ケンプルの歌手を次々紹介していく。皆地元では大スターだそうだ。バックを務めるのはさっきの録音エンジニア件プロデューサーのアグンさん、キーボードと打ち込みのバックトラックを流しながら、昼間録音していた竹笛の名手と、いかにもギタリストって感じでキース・リチャード風のおっちゃんの3人で伴奏を務めている。正直ケンダン・ケンプルの歌手たちのショーは言葉も分からないし退屈だ。唯一竹笛の名手がソロを取るときだけ、耳がそっちに向く感じかな。

ノリでOKがとんでもないことに

そういえば、昼間はここでセッションやるって言ってたけど、そんな雰囲気じゃないなと安心して、回ってくる夕ご飯を食べながら、そろそろ帰ろうかと思っていたそのとき、司会者が何だかさかんに「ヤポン、ヤポン」言っている。ギタリストって言ってるような気もする。インドネシア語がぺらぺらの遠藤さんにも、バニュワンギの言葉は難しいらしい。でもどうやらオレを呼んでいるのだけは間違いなさそうだ。

え? まさかここで演奏するの?????

ちょっと空気読めないにもほどがないか……と思う間もなくステージに上げられてしまう。一応いつも使っているエレキギターは持って来ている。でもどこにもアンプがない。PAに直接差し込めと言う。まじかよ。そんなことしても本来のギターの音にならないのに。でももう後にはひけない。とりあえずギターをつないでみる。うわ~~案の定ひどい音だ。

演奏(写真:石川直樹)

「日本の@@@@@でもやるか?」

キース・リチャードが何やら日本の曲をやろうと言っている。ここの人は皆知ってる有名な歌だと言ってメロディまで口ずさんでくれるけど、全く知らない曲だ。今となっては題名も思い出せない。まいったなぁ。仕方ない、苦し紛れに

「ブルースでもやる?」

って聞いてみる。なにしろ見た目がキースだ。ブルースならいけるだろ。

「OK!」

キーボードのアグンさんが打ち込みのドラムをならしながらブルースを弾き始める。よくあるA7のコードで始まるブルース……とおもいきや、ヘンな小節でコードがどんどん変わってしまう。通常ブルースは12小節のブルースコードの繰り返しだけど、14小節のときもあれば10小節のときもある。「え~いままよ」。もう何もかも諦めて、自分のこれまでのキャリアもかなぐり捨てて、とにかくアドリブでリードをとる。パーティを主催している子どもが生まれた家族の人たちは、一番前の席で、ひたすら硬い表情でステージを見続けている。というか睨みつけているようにも見える。なんで、ここでこんなブルースセッション? めっちゃシュールな時間が流れている。例によって竹笛奏者のアドリブだけが素晴らしかったけど、オレはアグンさんの演奏する謎のブルースでのキースとのギターバトルセッションでへとへとになってしまった。何より自分の音が出せない場所で勝負するのはきついなぁ。インドネシアでの初演奏がこれってのは、かなり不本意だなぁ。開沼さんも石川さんも有馬さんヴェンザも遠藤さんも早く帰りたそうにしている。何だかオレは皆にすまない気持ちでいっぱいになった。

演奏(写真:石川直樹)
演奏を聴く村の人達(撮影:石川直樹)