JAMJAM日記|インドネシア編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2014/12/08

ヴァニュワンギ1日目。午前中はヴェンザの学校時代の同級生が務めるイスラム教系の「PAUD-TK AISYYAH(パウ-テカ・アイシア)幼稚園」の見学。このあたりの多くはイスラム教系住民。ちなみにヴェンザの家はキリスト教系。インドネシアはいろいろな宗教が混在してるのだ。ここの幼稚園の教育の基本はイスラムの教えだという。ただ実際にやっている授業を見ると、世界共通というか、楽しくゲームをやったり、粘土で遊んだり、歌を歌ったり。グロッケンとスネアドラムの合奏も聴かせてもらった。

バニュワンギの幼稚園(撮影:有馬恵子)

これ、フィリピンと良く似ているんだけど、どこからこの習慣がきてるのかな。それだけじゃなく子どもたちのわいわいした感じや、元気っぷり、やや野放し感もフィリピンのシキホール島の小学校と良く似ている。似ているけど、ちょっとだけ違いがあるとしたらシキホールの子たちが底抜けに明るくて全開で声を出していたのに対して、ここの子どもたちは、決して全開では声を出してなくて、シキホールの小学校は、みなの輪に混ざれなくて孤独な顔をしていた子は2人しかいなかったけど、ここには、そういう子も結構いる。そこは日本の子どもたちと似てるかな。ってか都市であれば、自然、そういうふうな子も沢山いて当たり前なのかな。でもまぁ、あんまりこうやって印象だけで何かを比べて分かったような気になるのは良くないな。そもそもアジアの地方の子どもは素朴で元気みたいなステレオタイプが頭の中にあるから、そんなことを思うのかもしれない。いかんいかん。 校舎の外がやたら騒がしいと思ったらバイクで子どもたちを迎えにくる両親たちが沢山いて、ちょっとお祭りのよう。こういう感じは、日本にはないなぁ……ってやっぱ較べてるな、オレ。いかんいかん。

子ども達(撮影:石川直樹)
子ども達(撮影:石川直樹)

日常のガムラン

午後は「SMA Negeri Gambiran(ガンビラン国立高等学校)」へ。授業の後の部活のような時間にガムランをやっているそうで、ここもヴェンザの友人が関わっている関係で来ることができた。部活と言っても、踊りの男子や女子は確かに高校生だけど、ガムランの演奏者は子どもから老人までいて、学生の楽団というより、村人が集まって来て演奏している……そんな風情で、部活と地域活動が合体したような、そんな感じだ。練習場は野外だけど屋根があって、これはバリでも良く見かけるガムランの練習場やステージと同じだ。少しだけ高くなったステージの上と下にまたがってガムランの楽団が配置、踊りはその前の広場のような空間で披露する。

女の子(撮影:大友良英) 舞踊(撮影:石川直樹)

ここをオーガナイズしている人たちは、まずは子どもたちの踊りを僕らに見せたかったんだろうけど、オレはそっちよりも、ガムラン楽団の演奏の方に夢中になってしまった。なんというか音がめっちゃくちゃ生き生きしているのだ。ガムランの楽器はバリでよく見るような青銅器ではなく鉄器製の安価なもので音がキンキンしてるし、なぜかアンプリファイしたヴァイオリンが入っていたりして、いわゆる洗練された僕らが知ってるバリのガムランと較べると、かなり違う感じだ。一番驚いたのは小学生のクンダン奏者の存在だ。クンダンというのは、ガムランの要になる太鼓で、この楽器は他のガムランの楽器以上に即興性が要求され、踊りとの兼ね合いでアクセントを付けたりテンポを出したりと、非常に重要な存在で、リーダー的な人が演奏する場合も多い。その要を小学生の男の子が務めていて、それがまた驚くほどグルーヴィーで上手いのだ。その小学生と大人の演奏者たちが、コールアンドレスポンスを本当に楽しんでいる様が伝わって来て、見てるだけで、こちらまで嬉しくなってしまう。彼の父がどうやら本来のこの楽団のクンダン奏者で、父と彼が交互に演奏しているのだ。父がクンダンをやるときは子どもの方はカジャールというナベをひっくりかえしたような金属の楽器を演奏する。このカジャールも楽団の中でリズムをキープする重要な楽器で、小学生の彼はこっちの演奏の方も素晴らしい。同級生だと思われる子どもたちが時々彼にちょっかいを出して、演奏をを代わったりするけど、そうすると演奏が一気に失速してしまう。オレも一緒にカジャールを演奏させてもらったけど、う~~ん、簡単そうに見えてなかなか難しい。お父さんのクンダンの演奏は、さすがって感じのもので、息子は、じっと父親を見ながらカジャールを演奏している。

クンダン(kěndang)

インドネシアおよびマレーの打楽器。牡羊や水牛などの皮を両面に張った樽形の細長い太鼓で、4種の音を出す。
出典:デジタル大辞泉

カジャール(kajar)

ガムランの中で太鼓やウガール(鍵盤楽器のリーダー的存在の楽器)をもとにテンポを皆に伝える役割をする。リズムキーパー。
出典:音の森ガムラン・スタジオHP

日常のガムラン(撮影:大友良英、有馬恵子)

そんなのも含め、この楽団のいでたちが実にいい。なんか、本当に日常のままそこにいて、それが音楽になっている感じで、ステージ上には、子どもたちや、演奏者の奥さんなのかな、そんな感じの人たちものっかっていて、雑談したりジュースを飲んだりしながら見てる。例えば、話に聞くブラジルのサンバのエスコーラ(サンバスクール)の現場とか、あるいは日本の村祭りのお囃子とか、もしかしたら、こんな感じなのかもしれないけど、リアルにこんなそんな音楽の現場を目の当たりにしたのは、オレ初めてだと思う。そんなこともあって、ただただそこに居るだけでいいなぁって思ってしまったのだ。これ、プロの現場で音楽をつくる側としてずっと音楽に接して来たオレに、一番欠けているものなのかもしれない。

日常のガムラン(撮影:大友良英) 日常のガムラン(撮影:大友良英) 日常のガムラン(撮影:大友良英) 日常のガムラン(撮影:大友良英) 日常のガムラン(撮影:大友良英)

それにしても、どうにも気になるのがエレクトリック・ヴァイオリンだ。なぜかヴァイオリンと、クンダンと歌だけをPAに通すせいで、音がやたらデカい。のちのち分かるのだけど、ヴァニュワンギで出合ったガムランの多くか、こんな感じでPAを使っていてクンダンや歌、そして旋律を奏でる楽器をアンプリファイすることが多いようだ。実際ガムランの中でヴァイオリンを生音で演奏しても、音が小さくて、あまり聴こえないだろうから、まあ、こんなふうになるのも分からなくもない。それにしても気になるので由来を聞いてみた。 そして、なによりも一番気になったのはクンダンの上手い小学生。なんだか本当に凄くて、この子はいったい何者なのか知りたくなって、お願いしてインタビューさせてもらった。

イメージが木っ端みじんに吹き飛ぶ

夜は車で1時間ほど走った山間部にある村「Taman Agung(タマン・アグン)」の集会所に。窓も扉も開けっ放しの集会場の小さなステージには、蛍光灯に照らされたガムランの楽器が所狭しと並んでいる。客席……といってもちゃんとした客席があるわけでなく、中央にはじゅうたんが敷いてあって、まわりに昔の応接室になるような感じの古びた椅子がいくつか置いてあるだけの場所だ。よく見るとトカゲもいれば、ありとあらゆる昆虫も飛び交ってる。何だかえらいところに連れて来られたなぁ……が第一印象。でも演奏が始まった途端に、そんな第一印象は、木っ端みじんに吹っ飛んでしまった。昼間見た村のガムランをさらに生き生きさせて、何倍もの迫力でスピード感を増したような、そんなもの凄い演奏なのだ。

村の集会所(撮影:大友良英)

ここの楽器も昼間の楽団と同じ鉄製のガムランで、特有の響き方をしている。ここで主旋律を奏でるのはヴァイオリンではなく、ダブルリード楽器のスルナイ。チャルメラと良く似た楽器で、ここでもクンダンとスルナイをPAに通していた。でも個性的なのは、それだけじゃなく、一番の驚きはマーチングで使う大太鼓(バスドラム)と手製のシンバルが使われていたことだ。写真を参照してもらえば分かる通り、はっきりガムランの楽器としては浮いている。何しろどちらも西洋の楽器だ。伝統的って言葉を持ち出したとしたら、完全に失格扱いされかねないくらい見た目としても変ではある。昼間のヴァイオリンはそれでも、もともとガムランにあった胡弓なんかの音の代用だから分かるけど、バスドラとシンバルは代用ですらないように思える。

ダブルリード(double reed)

楽器の発音体の簧(した)(リード)が2枚あるもの。例えば、オーボエ・ファゴット・バグパイプなどの簧。複簧(ふっこう)。
出典:デジタル大辞泉

Surunai(スルナイ)

ダブル・リードで音を発する木製の管楽器で円錐状の管孔をもち,基本的には大部分のものが前面7孔,裏面1孔という同一の構造をもっているが,各文化圏により名称や大きさ,材質などに微妙な違いが見られる。ペルシア語の呼称は〈祭sūrの笛nāy〉の意で,トルコのズルナzurna,北インドのシャーナーイshahnāi,インドネシアのスルナイserunai等のようにペルシア語に由来した呼称が行われている一方,チベットのギャリンrgyaling,タイのピーpīなどのようにペルシア語からは遠ざかっているものもある。中国では明代に伝えられソーナー,スオナーなどと呼ばれ,清代には嗩吶,蘇爾奈とも書かれた。
出典:世界大百科事典

バスドラとシンバル(撮影:大友良英)

最初のうちはほとんど演奏されることなく置かれていた、このバスドラムとシンバル。ひとたび踊りが盛り上がりだすと同時に、この楽器が鳴りだすと、もうめちゃくちゃかっこいいのだ。最初はだまって座って聴いていたけど、もうこれが鳴りだしたら、スイッチが入ってしまって、もう体が揺れていたし、声も出してしまった。 ちょうど踊りに合わせてクンダンが即興でアクセントをつけていくような感じで、もう少し大きな流れにバスドラムとシンバルがアクセントをつけていく。しかもその音色が半端ないくらいいい。バスドラムの音色もチューニングも、この楽団になくてはならないようなものになっている。シンバルのように見えていたものは、実は鉄板をシンバルのような形に打ち据えて、そこにいくつもの穴をあけて緩く絞めた大きなボルトがいくつも付いたのもので、このボルトのおかげでシンバルの音は、強烈なというか、ノイジーな、まるで鉄板を叩いてドラム替わりにしていた80年代のノイバウテンのような音をしていて、しかもその音はガシャ!って感じで余韻がミュートされて、こいつがバスドラムとともにものすごいスピード感とアクセントをつくり出しているのだ。 かっこいい~、かっこよすぎるよ~

アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン
(Einstürzende Neubauten)

ドイツの実験的バンド。インダストリアル・ミュージックやノイズ・ミュージックの代表的存在である。1980年、西ベルリンでブリクサ・バーゲルトを中心に結成。

撮影:石川直樹

撮影:石川直樹

ディレイ、バスドラム、シンバルの謎を聞く

いくつもの登場人物が出て来てお芝居をしたり舞ったりしてるんだけど、オレはガムランの演奏に夢中で、踊りにまでなかなか目がいかない。と同時に、どこからともなく、歌というか、地獄の叫び声のような、深いディレイのかかった悪魔的な声が聴こえてくる。これがあまりにも個性的というか、訳の分からなさ度満点で、とにかく驚く。何より謎なのが、歌ってる人がどこにも見えないのだ。そしてやたら深いディレイ。バスドラム+シンバルに、このダブのような地獄のディレイ・ヴォイスにオレは完全にやられてしまった。

あとで分かったことだけど、歌い手は、袖の見えない場所でマイクをもって叫んでいたのだ。なんでそんなことをしてたかというと、この人が実は獅子舞をやる人で、だから、ステージには出られなかったのだ。そんなわけで地獄のディレイ声が聴こえなくなったかと思うと、獅子舞の登場。ちょっとないくらいの迫力の舞いで、これがこのガムランのハイライトなのはすぐに分かる。石川さんは夢中になって写真をとっている。オレはもう、自分がトランスしそうなくらい興奮している。 と、そのとき、突然獅子舞が仮面を取ったのだ。通常、仮面劇で仮面を取るなんて聞いたことないけど、驚いたことに、この獅子舞の人は仮面を取った時のほうが、顔を真っ赤に塗っていておっかない顔なのだ。途端、じゅうたんでオレの隣で見ていた子どもたちが一斉に逃げ出してしまった。本気でおっかなかったのだ。オレも一瞬、この獅子舞は気が狂ったんじゃないかと思ったほどだった。でもよくよく見てみると、赤ら顔の坂上二郎さんみたいで、どっかかわいらしい。そのまま二郎さんはどんどんトランス状態に入っていく。音楽もそれに合わせるかのように、どんどん激しくなっていく。1時間半のセットが終わったときには、見てるオレのほうまでクタクタに疲れるくらい興奮してしまった。

仮面を取る(撮影:石川直樹)
仮面を取る(撮影:石川直樹)

ディレイ(delay)

音にエコーをかけるエフェクト。内部的には同形の波形を原音に一定時間遅らせて重ねる。似たエフェクトにリバーブがあるが、即座に残響音を発音するリバーブに対し、残響音が出るまでに遅れがある点が異なる。

バニュワンギの伝統的なトランス・パフォーマンス「Jaranan Buto」(撮影:有馬恵子)

終わったあとは一息いれて、オレと石川さんでインタビュー。オレが聞きたいのは、なんでディレイ……ってのと、なんでバスドラムとシンバルなのかの2点。 正気にもどった赤ら顔の二郎さんが答えてくれる。

「もともと60年代から歌にはTOWAを使ってたんです。TOWAというのは日本製の拡声器のことで、メガフォンを大きくしたようなやつです。80年代に入るころに、今のサウンドシステムを購入しました。そこにディレイがついてたんです。大きなコンサートのときは、ちゃんとしたPAがあるんでディレイは使いませんが、ここでやるときはディレイを使えば、人が少なくても寂しくないですから、これを使っています。」

もちろんレゲエのダブの影響ってわけじゃなかったけど、でも、同時代に同じような機械を手に入れて、互いに何の関係もないけど、同じように声にディレイをかけてしまったってのは、伝統って何なのかってことを考えるときに、オレにとっては実に、実に興味深い。バスドラムとシンバルについても聞いてみた。 「あれは、わたしが楽団に入った70年代にはすでにあったなぁ。いつから使われているのか、私たちには分かならないです。」 シンバルのスタンド部分は、恐らくは昔小さい丸机の足だったものをそのまま流用している。バスドラムは、明らかにマーチングに使われるものだ。これがどういう経緯でこの楽団の必需楽器になっていったのか、その歴史が分かると面白いと思ったんだけどなぁ。

インタビュー

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シンバル(撮影:大友良英)

日本の伝統について考える

僕らは伝統という言葉を使うとき、ついついそこに正統性みたいなものを見てしまいがちだ。だからふんどしで和太鼓アンサンブルをやるってアイデアが、70年代フランス人によって考案されたって話を聞くと、どこかでちょっとがっかりする。同時に正統な伝統だと思っていたものが、ロックより歴史の浅いもんだってことに愕然としたりする。じゃ、いったい僕らは伝統というときに、なにを想定しているのだろうか? 日本で育った僕らにとっての伝統は、雅楽だったり、能楽だったり、あるいは歌舞伎でも長唄でもいいや、そういうものだったりって言われたとして、でも自分はそんなものに接して育ってきただろうかと問われれば、オレの場合は残念ながら「NO」だ。じゃ何をもって、そういうものを伝統って言うことになったんだろう? なんでこういうのが「正統」だって言えるんだろう。それって、深く考えてそうなったりしたものってよりは、テレビの時代劇とかドラマとかで、何となく刷り込まれちゃっただけのものが意外に多かったりするんじゃないだろうか? ちなみにふんどし姿の大太鼓のイメージが普及したのは70年代のサントリーのCMからだ。

僕らはよその国の、たとえばガムランを見る時でさえ、勝手に伝統として正統かどうかを見る際の価値基準にしていないだろうか? もし日本にガムランを呼んだとして、なんの説明もなく、歌にディレイを通したり、バスドラムを使ったりしたら、本物じゃないと言い出す人がいるんじゃないだろうか? 本来のガムランは電気は使わないもんだとか、そんな感じで、ばっさりやっちゃったりするんじゃないだろうか。確かにある時代に出来たものを保存する……という観点からみたら西洋の楽器が混ざってしまったり、PAを使ったり、はたまたディレイを使うなんてもってのほかってことになるかもしれない。雅楽にディレイをかけたボーカルが入ることを想像すれば、確かにそう思うだろうなって思う。でも、村にずっと生き続けて現在進行形でガムランが存在しているとしたら、そして、その村の人たちにとって、そのガムランは先祖から伝えられたものであると同時に、自分たちが今現在つくり続けてる音楽だって意識があるとしたら、そんなことが起こることだって充分ありえるし、そのことが別に伝統を壊すことにもならないと思うのだ。だって、僕らの人生と同じように、いつだって音楽は生まれ続けて更新されていくものなんだから。あの大感動したジェゴグではなく、この村のガムランの中に、まだ見ぬオーケストラの大切なヒントがあるような気がする。

インタビュー(撮影:大友良英)