JAMJAM日記|インドネシア編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2014/12/06

スラウェシ島での有馬・石川組の調査が素晴らしいものだったらしく、食事のときに調査の成果を聞かせてもらう。地元の青年たちがアートスペースのような場所に集って、さまざまな人たちと音楽をつくってる様子なんかの映像を見せてもらう。確かに面白そうだ。行きたかったなぁ。

さて、この日最初に行ったのはバリ島でも最大のガムランの楽器をつくってる工場。楽器の製造過程や、そもそもの楽器の成り立ちの話を聞くのは面白くもあり、バリのガムランの楽器は同じ物が2つペアになって、それを同時に鳴らして響きをつくる物が多いけど「なるほどなぁ」って感じで、とりわけあの巨大なゴングがどのようにつくられ、またチューニングされているのかを実際に見るのは興味深くもあった。あったけど、でもガムランの調査をしてるわけじゃないしなぁ。まぁ、今回の調査の入り口ってことでいいかな。

バリ島の楽器工場 撮影:石川直樹
バリ島の楽器工場(撮影:石川直樹)

バリ島のガムラン工場(撮影:有馬恵子)

次いで行ったのは儀式で使われるAngklung(アンクルン)を代々つくっている人の家。デンパサールから車で1時間半ほどのBona village(ボナ村)にある。途中の道からの景色は、以前行ったUbud(ウブド)の景色に良く似ていて美しい。こちらは楽器というよりは、葬式なんかの宗教儀式に使うもので、手に持って鳴らす鐘で、日本でも鈴(れい)と呼ばれる密教なんかで使われる手持ちの仏具のベルに良く似たものだ。ちなみにバリ島の島民の90%はバリ・ヒンドゥーを信仰してる。ものの本によればインド仏教とヒンドゥー教が混ざったものがバリ・ヒンドゥーなのだそうで、隣のジャワがイスラム教なのに対して同じインドネシアでも島が違うと言葉も宗教も全然違うってことなのだ。ついでに予備知識として付け加えると、言葉は共通語のインドネシア語が公用語だけど、島で話されているのはバリ語。実際インドネシアには300以上の民族と500以上の言語があるそうで、だから母語以外に共通語のインドネシア語が必要なのだ。

Ubud(ウブド)

バリ島中部の町。舞踊、絵画、彫刻などさまざまなバリ芸術の中心地。

バリ・ヒンドゥー

バリ島独自の宗教。インドネシア国民の9割がイスラム教徒なのに対し、バリ島では9割がバリ・ヒンドゥー教徒。島の最高峰・アグン山は神の象徴として崇められている。

アンクルン(撮影:石川直樹) アンクルン(撮影:石川直樹)

さて、このベル。もともと楽器とこうした宗教用の音を出すものって、アジアだけではなく、さまざまな場所で極めて近い関係にあったんじゃないかな。同時にガムランの楽器も、ただ単にいい音を出すというだけじゃなく、神と人とを結ぶために楽器が機能しているようなところがあって、だからこそヴェンザは、楽器工場と、宗教用具をつくるところとを僕らに見てほしいと思ってセッティングをしてくれたんじゃないかな。

例によって、ここでも開沼さんのインタビューが行われたけど、興味深かったのは、おじいさんの代から始まったベルづくり、実は最初は西洋人のお土産用につくるのが目的だったそうだ。もちろんその前から葬式にこのベルは使われていたんだろうけど、でも実際に実業として成り立ったのは観光としてだったってあたりは、バリのケチャなんかの歴史とかぶるものがあるなぁ。ちなみにケチャは80年ほど前に当時バリに住んでいた西洋人の画家と現地の人が作ったものが発展したもので、その辺の歴史を知りたい人は本もいくつか出ているので調べてみるといいと思う。僕らが伝統だと思ってるものは意外と新しいものだったりすることもある……という話は、今回のインドネシア日記に繰り返し出てくるのでお楽しみに。

ケチャ(〈インドネシア〉kecak)

インドネシアのバリ島の民俗芸能。円陣を組んだ男性の身振りを伴う合唱に合わせて、ラーマーヤナなどを題材とする舞踊劇を行う。猿をまねた激しい叫び声と複雑なリズムが特徴。
出典:デジタル大辞泉

インタビュー(撮影:石川直樹)

多民族多言語多宗教地域を垣間みる

その後はデンパサール市内にあるPura Agung Jagatnatha(ジャガッナタ寺院)に行って、Bulan Purnama(満月祭)の儀式を見学する。沢山の人々がお祈りに来ていて、僕らも腰に儀式用の帯のようなものを巻いて寺院の中に入る。先ほど見たのと同じようなベルやドラなんかを使いながら、男女数名がマイクと会場中に響き渡る巨大なPAを使ってお経を読む様子は、宗教儀式というよりは、まるでコンサートのようだ。

Pura Agung Jagatnatha(ジャガッナタ寺院)

テンパサール市の中心部にあるバリ・ヒンドゥー教の寺院。

PA(public address)

拡声装置。広い場所に音を隅々まで行き渡らせるための設備で、マイク・アンプ・スピーカーなどのシステム全体をさす。
出典:デジタル大辞泉

満月祭(撮影:石川直樹)

今日は、本格調査ってよりは、まずはその前段階って感じかな。帰りにはヴェンザお薦めの豚肉料理のレストランへ。美味い……と思った瞬間、ものすごく辛い。世界中を旅してきてる冒険家の石川さんですら「いや~、これ人生史上一番辛いよ~」と悲鳴をあげる。それに引き換えさすが社会学者・開沼博、涼しい顔をして無言で食べている。すげえなぁ……って思っていたら、後で聞いたら辛すぎて何もしゃべれなかったんだとか。いや~そのくらい辛かった。

ところで辛すぎで忘れていたけど、ドライバーのアグスと、交流基金のイシャリヤディがなかなか来ない。ヴェンザに理由を聞いたら、彼等はイスラム教徒だから豚肉は食えないんだよ。別の店に行ってるから大丈夫とのこと。そうだった。インドネシアはさっきも書いた通りさまざまな民族、言語、宗教が混在する島国でもあるけど、同時に世界最大のイスラム系住民を有する国でもあるのだ。もともと世界中を旅して来たオレでも、日本のように同じ言語、同じ民族が大多数を占め、宗教の違いを意識しなくていい社会に住んでいると、こういうマルチな世界がどうやって成り立ってるのかという感覚を忘れがちだ。今回はこの多民族多言語多宗教地域を旅するというのも大きなテーマのひとつだ。

ホテルに戻ってヴェンザや有馬さんと今後の調査の打ち合せを。何となく今日の調査が、この先オーケストラをどうつくっていくのかと結びつかないなと思っていたオレは、ヴェンザにもう一度調査の方向を確認した方がいいと思ったのだ。ヴェンザは、まずはインドネシアがどういうところかを僕らに知ってもらった上でと思っていたらしい。まぁ、それもそうかと思いつつ、でも、もう少し、音楽やオーケストラをつくっていくという方向に向かってほしいという話をしてみた。この先、そういう場所にも行くから安心してね。こういうときのヴェンザの笑顔はとても魅力的だ。女の子だったらクラッとするかもしれない。