JAMJAM日記|インドネシア編 大友良英 Otomo Yoshihide

撮影:石川直樹

2014/12/05

ぎりぎりまで仕事をして徹夜のまま成田空港へ。海外に行く時はいつも徹夜になってしまう。いい加減こういうのやめたいんだけどなぁ。ここで開沼博、交流基金の遠藤雄と合流。
ガルーダインドネシア航空でBali(バリ島)Denpasar(デンパサール)へ。 機内でも原稿を書いて仕上がった原稿を送る。便利になったもんだと書きたいところだけど、機内wifiの使用料の高さに愕然。

バリ島上空 (撮影:大友良英)
バリ島上空 (撮影:大友良英)

Denpasar(デンパサール)

Bali(バリ島)

首都ジャカルタがあるジャワ島の東側に位置し、バリ州を構成する島。バリ・ヒンドゥーが根付き、伝統文化が現在も息づく島として知られ、多くの観光客を惹き付けている。

Denpasar(デンパサール)

インドネシア南部、バリ島南部の都市。バリ州の州都。同島の観光・商業の中心地。バリ博物館、ヒンドゥー教最高神を祭るジャガナタ寺院、観光名所として有名なバドゥン市場などがある。
出典:デジタル大辞泉

今回の目的地はインドネシア。10年以上前にバリに遊びに行ったことがあるだけで、オレにとってはフィリピン同様、初めての地と言ってもいい場所だ。デンパサールのホテルで、先にSulawesi(スラウェシ島)の調査に入ってたディレクターの有馬恵子、写真家の石川直樹、そしてインドネシアで案内役をやってくれるYogyakarta(ジョグジャカルタ)在住の音楽家で美術家でもある朋友のVenzha Christ(ヴェンザ・クリスト 通称ヴェンザ)と、彼の友人でドライバーをかって出てくれたAgus Nur Wahid(アグス・ヌル・ワヒド 通称アグス)、そして交流基金のジャカルタ支部のIshariyadi(イシャリヤディ)と合流。 ヴェンザと出会ったのは2007年。シンガポールでYuen Chee Wai(ユエン・チーワイ)のキュレート・主催で行われたHADAKA-Kフェスティバルでだった。シンガポール、インドネシア、ヴェトナム、韓国、香港、日本から十数名の即興演奏家を招いて連日さまざまな組み合わせでセッションをしていく形式のフェスは、恐らくは東南アジアでは初めてだったんじゃないかな。日本からは伊東篤宏と私が招かれ、インドネシアから招かれたヴェンザはターンテーブルを演奏していた。2005年に日本でアジアン・ミーティング・フェスティバルを始めたオレとしては、このフェス自体にものすごく興奮したし、そこでのいろいろなミュージシャンとの出会いはその後のアジアの活動でも大きな意味を持ったわけだけど、そんな中の一人がラスタヘアーの人懐っこい好青年、ヴェンザ・クリストだったのだ。その後彼の噂をいろいろなところで聞くようになり、久々の再会、共演は2014年、YCAM(山口情報芸術センター)でアジア各国からのミュージシャンを集めて私がキュレートしたファー・イースト・ネットワーク・オーケストラでだった。このときにアンサンブルズ・アジア・オーケストラのディレクター有馬恵子さんを紹介したのが切っ掛けで、今回の案内役をお願いすることになった。

とまぁ、みながデンパサールのホテルで合流するまではよかったんだけど、これからみなで夕食というときに大問題が起こった。こうして後から日記を書いていても、最初の夕食に何を食べたのかが全然思い出せない、そのくらいの大問題というか、そのくらいオレは激怒してしまうような事態が起こったのだ。初日の日記はそんな話を。

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Sulawesi(スラウェシ島)

インドネシアのほぼ中央に位置する赤道直下に浮かぶ島。島の形は蘭に例えられることも。周辺の海の美しい珊瑚礁や多様な海洋生物を目当てにダイバーが多く訪れる島としても知られている。
人口:約1740万人
面積:約19万㎢
位置:インドネシアのほぼ中央
宗教:イスラム教徒、カトリック教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒
民族:マサッカル人、ブギス人、トラジャ人(南スラウェシ)ミナハサ人、ゴロンタロ人、サンギ・タラウド人、モンゴンドゥ人(北スラウェシ)
出典:インドネシア共和国観光省公式HP

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Yogyakarta(ジョグジャカルタ)

インドネシア、ジャワ島中部の商業都市。ムラピ山南麓の平野に位置する。18世紀イスラム土侯国のマタラム王国の首都。銀細工・バティック(ジャワ更紗(サラサ))を産する。第二次大戦後の一時期、首都が置かれた。近郊にボロブドゥールの仏教遺跡やプランバナンのヒンズー教遺跡がある
出典:デジタル大辞泉

Venzha Christ(ヴェンザ・クリスト)

インドネシア・ジョグジャカルタ在住のメディア・アーティスト、活動家。HONF Foundationディレクター。ジョグジャカルタを拠点に、さまざまなコミュニティを形成し、メディアアート・フェスティバルの開催やワークショップなど、多岐にわたり活動する。

Yuen Chee Wai(ユエン・チーワイ)

音楽家、デザイナー。シンガポール在住の音楽家、サウンド・アーティスト。インスタレーション、ダンス、 映画、テレビ、ラジオなど幅広い分野のサウンドデザインや作曲を手がける。アンサンブルズ・アジア「アジアン・ミュージック・ネットワーク」部門のディレクターでもある。

山口情報芸術センター
(Yamaguchi Center for Arts and Media 通称YCAM)

山口県山口市中園町にある図書館・ホール・美術館などの複合施設。

友情と規則の狭間で

ヴェンザと基金の遠藤さんがもめだしたのはホテル近くのレストランに入る直前だった。先にレストランに入ったのに遠藤さんとヴェンザは一向に中に入って来ない。あまりにも来ないので様子を見に行くと、入り口の外で遠藤さんに向かってヴェンザは「一緒に食事はできない、帰る」と言っているようだ。何が起こったのか最初は全然分からなかった。ただメシとか乾杯のときに、それをそっちのけで、皆を待たせるようなことをするのがオレは一番嫌いだ。最初は黙って待っていようかと思ったけど、どうにも埒が明かなそうなので、我慢しきれず中に割ってはいった。実際の喧嘩の詳しい理由を書くのは差し控えるけど、初対面同士で、これから初めての食事というときに、こちらからお願いして頼んでいる現地のパートナーを食事の席にも入れずに怒らせるなんて……咄嗟にそう思って、オレは遠藤さんに怒ってしまった。ヴェンザはオレの大切な友人だ。遠藤さんには悪いけど、オレは怒らなくてはならない。それが時間を割いて僕らのために来てくれたヴェンザへの仁義でもある。

今回のもめ事の背景には、基金がこれまでにやってきた変えられないシステムのようなものがあって、例えば同じ仕事をしていても住んでいる地域よってその日に出る食事代金が著しく異なっていたり(これには現地の経済格差から生じるアンバランスを防ぐという役目もあるのだけど、一律に同じ規定を当てはめられると、全く同じ立場で仕事している場合の不公平さや不都合が生じることだってあるのだ)というのがあって、遠藤さんはそれを説明しただけにすぎなかったのかもしれない。基金の人間としては、それが筋ってもんかもしれない。でもやり方、言い方ってもんがあるはずだ。相手の誇りを傷つけていいはずがない。言わなくて解決するならあえて言わずに、こちらの側だけで問題を解決して、その上でヴェンザに事情を話して理解を求める方法だってあったはずだ。それに乾杯もする前に、相手の名誉を傷つけかねないことが起こるってのは、やっぱり問題だ。ヴェンザが怒ったのは、何より、金のためではなく、友人である私をヘルプするために駆けつけてくれたのに、彼らの立場を傷つけるような事態が起こったからに他ならない。

以後オレは全員のメシ代を自腹で出した。インドネシアの人にだけオレが出すのも違うと思ったからだ。それがベストの解決策とは思わないけど、でもそれしかこの時は、解決策はないなと思ったからだ。

例えば、あるときに出来た決まりがあったとして、その時はそれが必要で出来たものだとしても、それが、別のときに当てはまるとは限らないことだってあるはずだ。面倒くさいかもしれないけど毎回考えて更新できたほうがいいことだってあると思う。もちろん税金で運営されている公的機関が、そんなことをやっていたら、インチキが入り込む余地も出てきてしまうし、不都合なことが出てくるのも分かる。でも、本当にアジア地域と交流ということをやっていくのであれば、会っていきなり、交流相手が、仮に誤解だったとしても不愉快な思いをしてしまうようなシステムがあったとしたら、それは、どうにかしないと今後の障害になると思うし、フレキシブルにできないものかと思う。インドネシアならオレの自腹で全員の食事代を出すことはできるけど、他だったらとても身がもたないし、こんな解決策は限界がある。

良い関係をつくっていくために

今回はヴェンザが大人な解決をしてくれて、オレの案を呑んでもらった形になったけど、正直、対等な立場でインディペンデントな関係を築いてきた身としては、公的機関が入ることでそういう関係にひびが入る事態が起こってしまうことは避けたいし、公的な機関にしてもそんなことはもちろん望んでいないはずだ。僕らが草の根的にやってきた方法は、確かに公的機関の仕組みにはそのまま当てはまらないかもしれないけど、でも、そういうものとも融和できるような仕組みを考えていかないと、今後も障害が出かねない。無論、公的機関が入ることで、飛躍的に広がるところもあって、それは本当に素晴らしいことなんだけど、でも、同時に、もっと何か、人と人がコミュニケートしていくという基本、乾杯から始まるような関係を基本に置きながら、そういうことができないものなのかなぁ。断っておくけど、遠藤さんとは、その後はいい関係を築けたとオレは思ってるし、今回の調査では本当によく働いてくれていて、感謝も沢山している。だから決して彼を悪く言うつもりはないし断罪したいのでも全然ないってことだけは言っておきたい。ただ、せっかく僕のような人間が関わる事になったのだから、これまでとは違うやり方を導入していくようなことを考えてもらえれば嬉しいなと思っている。

この日は深夜までヴェンザの部屋の前のテラスに集まって、ビールを呑みながら、オレはお茶を飲みながら、皆で話をする。こういうもめ事も含めて、次の関係がつくれればいいなと思いながら。