特別寄稿
インドネシア、ヴァナキュラーな音の群島 伊藤俊治 Ito Toshiharu

撮影:石川直樹

マレー半島の南のスマトラ島からニューギニア島まで、長く連なるインドネシアは1万3000あまりの島々からなる世界最大の群島国家であり、数百の民族が独自の文化と言語を持ち生活する多民族多言語国家の典型である。
かつてジャワ島からバリ島へ、さらにロンボク島、スンバワ島、フローレス島と旅をしたことがある。バリ島の悪魔祓いの儀礼サンヒャン(Sang Hyang)の調査をしていた頃のことだ。従来のバリ島研究はインドからのヒンドゥー教の影響に重きを置く解釈が多かったが、バリの文化や宗教はメラネシアやオセアニアなどの原始的な基層文化の影響が大きいのではないかと思い立っての旅だった。

バリ島からロンボク島へ渡ると状況は一変する。バリは鮮やかな緑の島だが、ロンボクは乾燥し、土埃の舞う茶褐色の荒地だった。バリとロンボクの間には有名なウォーレス・ラインが引かれ、動植物の生息圏も大きく異なる。ダーウィンとともに生物進化論を唱えた博物学者であり、ウォーレス・ラインを提唱したアルフレッド・ウォーレスは、バリがアジアの最東南地点であることを発見し、ロンボク海峡を通り、フィリピンのミンダナオ島へ至るこの生物分布の境界線が、アジアとオーストラリアを分断することを世界に知らしめた。

バリ島やジャワ島の有名なガムランもまたこの群島文化が生み出したヴァナキュラー音楽である。ガムランは、インドネシア全域に広がり、地域ごとに編成や楽器の素材、リズムやハーモニーも異なる。バリ・ガムランは特に演奏形態が多様なことで知られ、最も一般的なのはガムラン・ゴン・クビャールであり、これは1910年代に成立した。ジャズと同時代に生まれたモダンで華やかでスピーディな新しいスタイルだ。クヴィヤールは「稲妻」の意味であり、聞く者の意表を突く突然のアタックや伝統に捕らわれない自由な曲展開、新しい舞踏とのシンクロといった特徴を持つ。

青銅楽器中心の旋律打楽器の集合であるガムランは、弦楽器のようにチューニングできない。そのため地域の鍛冶屋により音が決定され、鍛冶屋は代々受け継がれてきた竹の音叉の調律見本を大切に保管している。つまり鍛冶屋の数だけ調律パターンはあり、しかもそれぞれの鍛冶屋が複数の調律見本を保管しているため、多様な調律パターンが存在することになる。各村々は「打ち寄せる波の響き」や「風にざわめく樹々の震え」と言った具合に調律パターンの特徴を鍛冶屋に伝え、ガムランセットをつくってもらう。A村とB村のガムランセットは調律を異にし、村々は自分たちの調律にプライドを持ち、その個性が村のアイデンティティや対抗意識を映し出す。

バリ島の楽器工房内での鍛冶(撮影:石川直樹)
バリ島の楽器工房内での鍛冶(撮影:石川直樹)

青銅ではなく竹で作られた、ジェゴグ(Jegog)と呼ばれるガムランもある。ジェゴクはバリ西部のヌガラにしか存在しない。というのも楽器の素材である大きな竹がこの地の山岳地帯にしか自生しないからだ。土地と素材と音楽は緊密に結びつき分離することはできない。使われる竹は直径30㎝、長さ30mを超す巨大なものであり、この巨竹でつくられた音の低音は体全体を揺るがすような唸りを生成させる。ジェゴクは、実は1980年代に再興されたガムランであり、それまでバリの人々でさえ知る人は少なかった。このように一度廃れた音楽が復活したり、全く新しい演奏形態が現れたりといったケースがバリには数多くある。民族音楽の世界では珍しいが、バリでは民族音楽も流行り廃りのある流行音楽になっているのだ。

ジェゴク
ジェゴク(撮影:石川直樹)

民族音楽は古いものや固まったものではなく、揺れ動く時代や場所の空気を吸い取る流動的なものである。それを生きた音楽にするのは土地の人々だ。音楽は音を発する行為だけでなく、それを受けとめる踊りや歌や聴衆の動きなど、周りのすべての状況を含む包括的なものだ。だから音楽を土地から運ぶことはできない。運んだ途端に音楽は変質してしまう。

さらに注目すべきは状況や場所に深く埋め込まれた音楽は、人を陶酔へ導くメカニズムを持つということだ。ガムランは祝祭儀礼の場で演奏されるが、その多くは夕方から明け方まで夜を徹し続けられる。その繰り返しにたゆたっていると、やがて事態は大きく変化してゆく。反復の中で次第に意識の時間が螺旋状に深まり、言いようのない感情が湧き上がってくる。同じような音が繰り返されていると思っていたのに、いつのまにか、少しずつ変わっていて、気がつくと自分が全く違うところへ連れ去られている。音が密度を高め、積み重ねられ、それが人を過去へも未来へも異界へも連れていってくれる。

サンヒャン(撮影:石川直樹)
サンヒャン(撮影:石川直樹)

バリ島にはその土地に特有なサンヒャンと呼ばれる陶酔儀礼があると先に述べた。他の宗教儀礼と異質な強い固有性と垂直性を持つサンヒャンは、悪魔祓いの儀礼であり、疫病や災害が起こった時、それらの原因とされる悪霊を祓い、土地を清め、人々の不安や恐怖を取り除くため執り行われる。その土地固有の表現を借り、共同体の無意識的な情動の動きを捉え、それを共有する場となる。そうした儀礼の場で演奏され陶酔を導く音楽となるガムランにより、人々は一度、大地を離脱し、高められ、再び清められた大地へ根づいてゆく。陶酔へ至る道筋を現出させることが、ヴァナキュラーなものの核心である。「叩く」という意味のガムランは、5000kmに及び連なる島々を叩き渡り、大地の精霊の群れを湧出させる陶酔のハーモニーと言えるだろう。インドネシアは、そのような陶酔技法がいまだ大地の奥深くへ染み渡たる不思議の王国である。

伊藤俊治(いとう・としはる)
1953年秋田県生まれ。美術史家。東京藝術大学先端芸術表現科教授。東京大学大学院修士課程修了(西洋美術史)。美術史、写真史、美術評論、メディア論などを中軸にしつつ、建築デザインから身体表現まで、19世紀~20世紀文化全般にわたって評論活動を展開。展覧会のディレクション、美術館構想、都市計画なども行う。主な著書に、『裸体の森へ』『20世紀写真史』(筑摩書房)、『20世紀イメージ考古学』(朝日新聞社)、『バリ島芸術をつくった男』(平凡社)、『唐草抄』(牛若丸)などがある。